メカクシ団がALO入りする話【20】
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 再び目を開ければ、そこはALOの上部にあったラボによく似た場所だった。 しかし、自分の姿はALO内でのアバターでは無くSAOのものある。
 首をかしげて状況を把握していると、後ろから知った声で話しかけられた。
「此処はアイツの心の中だよ、キリト。」
 そう、殿の姿を借りてシンタローを助けるのに貢献してくれたクロハだ。
「……心の中? でも、此処まるでラボじゃないか。」
「ある意味この状況は、お前らが助けに来る前のシンタローの状態なんだよ。」
「どういう意味だ?」
 俺のその問に、クロハは何も答えなかった。 自分で考えろということだろう。 俺達が助ける前のシンタローの状況、とはいったいなんだろう。
「……まさか、此処のどこかにシンタローが閉じ込められている、のか?」
「閉じ込められているは少しちげぇな。 この世界はラボそっくりだがラボじゃない。 シンタローの記憶を心に反映した場所だ。 だからお前の姿はSAOのままなんだよ。」
 そのクロハの言葉を聞いて、俺は確信した。 このラボによく似た場所のどこかにシンタローは居るはずで、見つけられたらきっと彼は目を覚ます。 あの暗闇から誰かが助けだしてくれるのを、彼はずっと待っていたのだろう。
 宛もないまま走りだした。 闇雲に探しまわっても彼は見つからないのは十分分かっていたけれど、動かないことには始まらない。
「……暗い、場所。」
 恐らくそれは、自分の姿も曖昧になる程のものだったのではないだろうか。 そんな暗闇の世界がこのラボにあるとしたら、最奥部のアスナが言っていたコンソールがあった場所の更に奥。
「……あそこだ。」
 走り抜けていく先、壁だと思われたそこはよく見れば扉となっていて少しわかりづらい場所にボタンらしきものがあった。
 其のボタンを押せばプシューと音を立てて扉は開かれる。 見えてきた風景は真っ暗闇であり、シンタローの姿はとてもじゃないがここからは視認することは出来ない。 ……でも。
「居る。」
 ここに、彼は居る。 そう直感で感じたキリトは意を決し其の暗闇の中に入っていく。 少し進んでいくと、目は慣れ始めて少しではあるが周りを確認することが出来るようになった頃、ふとそれは目に入った。
 自分さえも曖昧になるほどの暗闇の中、彼はその部屋の中で横たわるようにして眠るように気を失っている。
「シンタロー!」
 そう名を呼べば、彼の瞼はぴくりと揺れてうっすらと開かれた。 隙かさず駆け寄って抱き上げて微笑みかける。
「やっと見つけた。 帰ろう、シンタロー。 もう、終わったんだ。」
 そう彼に言葉をかけると、うっすらと開かれている彼は眼をもう少しだけ開いた。 感情を感じさせない瞳、でも、ぎゅっと掴まれた自分のコートが全てを物語っていた。
「……遅くなってごめんな。」
 何故目が覚めなかったのか、恐らくそれに気づいたのは俺だけだ。
 コイツはアヤノたちに弱音を吐くことが出来ない。 信頼していないわけじゃない、寧ろ逆で、掛け替えの無い仲間で、友達で大好きだからこそ弱音を吐くことが彼には出来ないのだ。
 SAOから今の今までずっと心配をかけてきたのに、此れ以上心配をかけさせたくはない、そうも思っていただろう。
 でも、それだけじゃない。
 過去の出来事と、ここにくるまでの彼らの言動で彼らの中のシンタローは「ヒーロー」なのだということが俺には分かった。
 それは即ち、彼らがシンタローに持っている気持ちとシンタローが彼らに対して持っている気持ちにはずれがあるのだということ。
 シンタローが彼らに対して友達とか仲間とかそういう感情を持っている傍らで彼らの中では”自分達を救ってくれたヒーロー”という気持ちが大きい。 友達、仲間という感情は二の次で、彼らの中ではそれがシンタローに対して持っている感情だ。
 そんな彼らに、弱音を吐くことなんてきっと出来ない。 優しい彼にはそんなことが出来るはずはない。
 耳で感じていたのだろう。 彼らのため息と、涙を。
 自分が早く目覚めてほしいと願う声も全部彼には届いていたのだろう。 その声の中目を覚ますことが出来なかったのは、彼らの前で目を覚ましてしまうと、彼らの中の”ヒーローである自分”が壊れてしまうから。 そう、今の彼は外見で見繕うことが出来ないほど精神的に疲弊しているのだ。
 だからこそ無意識の中で”皆の中のヒーローである自分”が”壊れる”事を恐れてこの世界に逃げ込んでしまった。
「――お前は気づいているんだろう? コイツが目覚めなかった意味。」
 後方からクロハの声が響いてきた。 其の声の方へ顔を向ける。
「俺さ、お前相手ならシンタローも弱音とか吐けると想うんだよ。 お前はいい意味でカゲロウデイズとは何も関係ない部外者だ。 だからこそ、シンタローはシンタローのままで居られる。 彼奴等の前だとやっぱり”ヒーロー”になっちまうからな。」
「部外者、か。」
「アヤノも、彼奴等も……こいつのことを知っているようで知っていないんだ。 コイツはヒーローなんて大層な存在じゃない。 彼奴等を救ったのは事実だが、ただそれだけでヒーローなんて玉じゃないんだ。 コイツは辛いことや苦しいことを一人で抱え込んでそしてひっそりと壊れていく危ないやつなんだよ。 彼奴等は其のことを忘れている。 シンタローなら、って思ってしまう。 だからこそ彼奴等はシンタローが目覚めない理由に気がつくことが出来なかった。 其のことに気づいて居るのは、知っているのは、分かっているのはキリト、お前だけなんだ。」
 クロハの言葉に、キリトは全面的に同意をせざるを得なかった。 本当にシンタローを目覚めさせたかったのなら、あの病室で嘆き悲しむことはしてはいけなかったのだ。 いつものように、騒いで笑顔で居るべきだったんだ。
 それが出来なかったからこそ、シンタローは皆が悲しそうな顔をしているのは自分のせいだと想い、の世界に逃げ込んでしまった。
「……ALO事件が解決して、皆早くシンタローと話したくて仕方ないんだろうな。 SAOとALO事件合わせて2年ちょいの長い別れだったんだから、仕方がないんだろう。」
「シンタローに今必要なのは、精神的にも気を許せる相手なんだ。 ヒーローではない、シンタローを必要としてくれるお前なんだよ。 アヤノ達のことは俺に任せておけ。 俺が何とかして気が付かせてやるから。 だからキリト、シンタローのことは頼んだぞ?」
「……ああ、任せとけ。」
 クロハの言葉に、力強い言葉を返したキリトはニヤリと笑う。
「じゃあ、帰るか。」
 指をパチっと鳴らせば、急激に意識は遠のいてホワイトアウトする。 次の瞬間、俺はバッと顔を勢い良くベッドから上げる。 窓の外を見ればもう朝日が昇っていた。
 ぼーっとする頭で和人はアクビをした後シンタローの手をそっと離す。 病室にあった洗面台で顔を洗い、タオルで顔を拭いて再びシンタローの寝ているベッドに近づく。
「シンタロー、起きているんだろ?」
 俺がそっと言葉をかければ、シンタローの瞼は震えそして瞳が開いていく。
「おはよう。 シンタロー。」
「き………り、と?」
 かすれた声が、俺を呼ぶ。 その言葉に俺は笑いかけて、改めて自己紹介をした。
「はじめまして、桐ヶ谷和人だ。」
 目が覚めたばかりで、まだ満足に言葉が話せないシンタロー。 だが、口元が少し緩んでいる気がした。
 それからと言うもの、ナースコールを押して医者を呼びひと通りの健康チェックをしたりして、病室はシッチャカメッチャカだった。 俺はその間、無断外泊をしてしまった為、一度家へ連絡を入れるため一度病院の外へと向かう。
 携帯を取り出して、電源をいれれば家から着信が何十通も着ていることに若干寒気を覚えながら恐る恐る家へと連絡を入れる。 電話に出るなり、母親は俺に対し怒鳴ったが直葉が色々と説明してくれていたらしく怒鳴られるだけで事なきを得たのだった。
 もう一度病室へ戻った頃には病室は静かになっていて、シンタローは上半身を起こし窓の外を静かに見上げている。
 しんと静まり返った病室内、最初に言葉を発したのはシンタローの方だった。
「…………嬉しかった。 お前が、あんなところにまで迎えに来てくれたこと。」
 あんな所、とは恐らく夢の中――否違う心の中ということだろう。
「当たり前だろ。 どんなところにでも助けに行くさ。」
 自信満々そうにそう呟けばシンタローは呆れたような顔をした。 しかし、少し嬉しそうにも見えたのは気のせいではないだろう。
「ずっと、暗闇の中に居たから今変な感じでさ……こ、此処が夢の中で本当はまだあの世界にいて、此れは全部俺の妄想で……」
 最後の方は若干震えていた。 瞳も若干潤んでいたし、泣かないようにと踏ん張っているのが目に見えて解る。
「なぁ、シンタロー感じないか? 空気に匂いがあるんだ。」
「……え?」
「病院独特の薬品の匂いとか、花瓶に飾られた花のにおいとか。 あの世界では感じられなかった匂いがあるだろう?」
 そう言うとシンタローは瞳を閉じて辺りの匂いを嗅いでみる。
「だから此処は夢の中でも、仮想世界の中でもない。 現実だよ。 お前は帰ってきたんだ。」
 若干其の言葉で潤んだ瞳を見ながら、和人は真っ直ぐシンタローを見据えた。
「シンタロー、もうお前を縛り付けるものは何もない。 だから、弱音を吐いていいんだぞ? 少なくとも、俺の前では無理はしないでいいから。 泣きたい時には泣けばいい。 俺はお前の全部を受け止めてあげられる。」
 その言葉にシンタローの涙腺は崩壊した。 両の目からは涙が溢れて、すがるようにキリトの上着をつかむ。
「暗く、て……自由に、動けなくて……それで、部屋の中にずっと……響いてたんだ……アヤノの、こえ、が。 きらい、ばけもの、生まれてこなければよかったのに、って……ずっと、ずっと……」
 震える声で、シンタローは呟く。 その言葉に、和人は耳を疑った。 シンタローがアヤノの声を聞き間違えるはずはないだろう。 だからといってアヤノがそのような言葉を言うとは思えなかった。
「……つくら、れたものだって最初はわかってた。 でも、ずっときいてる内に……分からなくなって、し、んじられなくなって……それで、」
 最後の方はほぼ言葉になってなかった。 俺は何も言うことが出来ずにただ、掛ける言葉を失ってシンタローを無言で抱きしめてあげることしか出来ない。
「もういいよ、もういいから。」
 そんな在り来りな言葉しか彼にかけてあげられなかった。
「あ、あの機械を付けられてから……ど、うでも良くなって……くらやみ、にとけちゃおうっておもってた。」
 悩むことも、何もかもを忘れて閉じてしまおうと思った。 暗く、自分さえも見えない所で一人彷徨って、消えてしまおうと想った――それなのに、キリトを傷つけたあの一瞬は鮮明に脳裏に焼き付いて、今でも攻め立てる。
 いやだ、もう傷つけたくないのに。 誰も、攻撃したくないのに。
 そんな絶望的な状況の中、一番初めに心に響いてきたのはセトの声。
 “貴方はもう独りじゃない。 きっと俺達がその暗い場所から助けだしてあげるから、だから、消えてしまおうなんてそんな悲しいことを言わないで”と。 そう確かに聞こえて、その声に俺はうっすらと目を開けた。
 しかし、目で伝わってくるキリトを攻撃する自分の猛威は、どう足掻いても止めることが出来ない。 嫌なのに、辞めたいのに、想うように体が動かないのだ。
「か、和人……ごめ、んな? ほっぺ、痛かっただろ?」
 頬、と言われてシンタローの剣が掠めた頬を無意識に触る。
「……まだ、痛い……か?」
「い、いや、あんなのかすり傷だって。 気にすんな。 それに、謝るのは俺の方だよ。 ……ごめんな、シンタロー。 あの時、俺をかばったせいで……。」
 その言葉はきっと二重の意味が込められているのだろう。 その言葉にシンタローは首を横に振る。
「……俺が勝手にやったことだから。 でも、和人が無事でよかった。」
「なぁ、シンタロー。 此れは俺からの提案なんだけどさ……少し、アヤノ達との距離を置いたほうがいいんじゃないか?」
 その言葉にシンタローは瞳を逸らし、俯いてしまった。
「このままの状態でアヤノ達と会っても、お前が辛いだけだと俺は思う。 ……さっきのこともあるし、アヤノ達も……少しシンタローと離れて冷静にならないと……気がつかないんじゃないかな。 お前がどうしてあの世界に逃げ込んだのかが。」
「で、でも、あれは……」
 慌てて、何かメカクシ団メンバーにフォローを入れようとした。 しかし、その言葉は和人によって遮られてしまう。
「シンタローはもっと自分を大切にするべきだよ。 無理してヒーローにならなくてもいいんだ。 お前が負担に思うのなら、ヒーローじゃなくていいんだよ。 俺はお前にそんな事望んでいない。 俺がお前に望むのは、ヒーローじゃないただ一人のシンタローだ。」
 そう言って和人は、シンタローの手をぎゅっと握って微笑んだ。 その手から伝わる温もりに涙を堪え切れずに、俯いてただ声を抑えつつ彼は泣く。
 今まで我慢してきたすべての感情が、溢れだしたみたいに。
 泣いている間、和人はずっとシンタローのそばを離れずに手を握ってただそこに居た。 その事にひどく安心してしまったのは、なんでだろう。
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