面白くない。 全くもって、面白くない。
こんな安い三文芝居に付き合うためにこのシステムを作ったわけではないのに。
イライラしながら、キリトとシンタローの戦いを見る須郷は予想以上に面白くない戦いに飽き飽きしつつあった。 ふ、と思いついたのは次のアップデートで実装される予定の魔法を試すことだ。
ニヤリ、とほくそ笑んだ須郷は狙いをキリトとシンタロー以外にしぼり、発動させた。
「……ッ」
声もあげることが出来ずに苦しそうに地面に這いつくばるカノ。
「な、何だ、これ……」
困惑気味の表情で必至に起き上がろうともがくキド。 泣きそうな表情で、セトの方をみるマリーは、視線を移してシンタローの方を心配そうに見上げ立ち上がろうともがいていた。
「うごけない……!」
そう悔しそうにモモは呟き、それでも必至に兄の方へと行こうとしている。
「何よこれ……」
「し、んたろー、君! き、キリト君!」
エネ、コノハは腕で必至に体勢を維持しつつ、キリトとシンタローの方向を心配そうに見ていた。
「ふ、ふざけんじゃ無いわよあの変態が……!」
そんな暴言じみたことを地面に這いつくばりながらヒヨリは吐き、ヒビヤはそれに続けるように口を開いた。
「どこまで人をコケにすれば気が済むんだよ……!」
シンタローの剣を受けながら困惑気味にキリトは悲鳴が聞こえたメカクシ団メンバーの方を向いた。
ふと、須郷と目が合い相手はニヤリと笑う。 そこでキリトは漸くこのただならぬ状況が彼のせいであることを悟った。
「どうだい? 次のアップデートで導入される予定の魔法なんだ。 ――ちょっと効果が強すぎるかねぇ?」
そう言って須郷はケラケラと笑ってみせる。
「《Fante》さっさと始末しろ!」
そう須郷の怒声が響き、ビクリと反応を示したシンタローは左目から流れる止めどない涙を拭いもせずに、また攻撃を仕掛けてくる。 其の攻撃は今までのような冷静さを持ったものではなく、焦りが混じっているようにも見えた。 そして、キリトには目の前の彼が恐怖している事をなんとなくだが感じている。
「シンタロー!」
何度目だか分からない彼の名前を呼ぶ声が響く。 早く下の皆も助けたいのに、目の前の彼は止まることを忘れた暴走機関車のように攻撃を仕掛けてくるのだ。
どうしようか悩んでいた所、セトの声が辺りに響き渡った。
「シンタローさん! 貴方はもう独りじゃない! きっと俺達がその暗い場所から助けだしてあげるから! だから、……そんな悲しいこと言わないで!」
そうセトが泣きながら叫ぶ。 何のことだか分からなかったが、ちらりと見た時彼の瞳が赤く染まっていたことに妙に納得してしまった。
確かセトは心を覗ける力を持っている、んだったっけ。 そんなこと内心で考えながら、目の前の彼が今何を思っているのかがセトを通じて伝わってきた気がした。
いきなり響いたセトの声にびっくりした様子の須郷だが、彼のつぶやいた言葉を理解するや否や、歯ぎしりをしつつ重力魔法のレベルを上げた。
恐らくそれはピンポイントにセトだけ上げられたのであろう。 彼の悲鳴が暗いこの空間内で響くと、泣きそうなマリーの彼の名を呼ぶ声が鮮明にその空間内に轟く。
「セト!」
しかし、セトはシンタローのことで頭がいっぱいだった。 自分に圧力をかけるこの魔法よりも、自分の安全よりも、力を通じて見える彼の鮮明な助けを求める声に全てを持って行かれたのだ。
だって彼は、ずっと泣いている。 もう誰も傷つけたくないのに、剣を向けたくないのに、と。 そんな悲痛な声が響いてくる度にセトは、届かないのを百も承知で彼に手を伸ばし続けていた。
必至でシンタローに手を伸ばし続けるセトの様子をみた、メカクシ団メンバーは彼が今力を通じて彼の心を聞いているのだと理解した。
そして同時に、あのセトがこうなってしまうほどの声がシンタローから聞こえてくるのだと全員が理解した。
皆が皆、それを理解したと同時に思考回路から須郷が消え失せシンタローを見上げた。
一方アスナは、怒りの篭った眼差しで須郷を射抜きながら、問いただす。
「須郷ッ――貴方シンタローさんに何をしたの!?」
「何をって、素晴らしいだろう? 此れがこの数カ月間の成果だよティターニア!」
「何が成果よ! ただの人体実験じゃない!」
「私は世界のトップに踊り出るのさ! 彼の優秀な頭脳があればそれも夢じゃない。 いいねぇ、私も欲しかったよ、彼の化け物のような頭の良さが。 ああ、でもやっぱりいいや。 だって気持ち悪いからねぇ。 満点しか取れない、ハズレることを知らないそんな気持ち悪いくらい出来のいい頭脳があったら人生なんでもつまらなくなりそうだ!」
そう言って須郷は高らか内笑う。
「化け物なんかじゃない!」
声が響き渡った。 声の主は、セトである。 ずっと彼の心を聴き続けた彼だからこそこうして必至になれるのだろう。
「化け物なんて言わせない! シンタローさんはシンタローさんだ!」
皆より一段階強い重力魔法を掛けられているにもかかわらず、セトは止まらない。
其のことに腹を立てた須郷は更にセトの重力魔法がレベルをあげる。 苦しそうなセトの声に満足そうに微笑んだ須郷は、表情を変え進展のない上二人の戦いを睨み、指をふるってメニューから剣を呼び出して、キリトめがけてその剣を力いっぱいに投げる。
手から離れた剣は一直線にキリトの方へと飛んで行く。 それを見たアスナは悲鳴じみた声で叫んだ。
「キリト君、危ない!」
その声で振り返った時、剣はもう目の前まで迫っていて、避けるのも困難な状況の中、怯えたようなそんな表情を浮かべたキリトはただ目を見開いていた。
そんな危機的な状況の中で、剣の軌道とキリトの間に割りこむように入ってきたのは他でもない、シンタローだ。 シンタローは剣に背を向ける形でキリトを守るように彼を抱きしめる。
「し、シンタロー……?」
ただ、呆然とその場で立ちすくむように飛んでいる。 それほど、キリトにとって先ほどのことはインパクトが強かったのだろう。 抱きしめ返すことも出来ずに、ただ呆然としているだけだった。
直後、シンタローの体を須郷の投げた剣が突き刺してキリトを守るように抱きしめていた彼の力がふっと消える。 当然、重力に逆らうことは出来ないので彼は真っ逆さまに剣が刺さった状態で落ちていく。
その瞬間、漸く自体を把握する。
慌てて彼を下で受け止めようと動くが、落ちる早さには叶わない。
「届けぇええええ!」
叫びながら勢い良く降下していく。 しかし、数センチの隙間は埋まらない。 もうだめか、と諦めかけたその時アヤノの声があたりに木霊する。
「殿!?」
声の方へちらりと目線を向ければ、殿が黒い翼をはためかせてシンタローの方へと向かっていく。 あんな小さな体でシンタローのことを受け止めようというのだろうか。 そんなの無理に決まっている。
「殿!」
キリトが降下しながら、名前を叫んだ――次の瞬間。 殿の体を黒い光が包み込み、それは人型へと変化した。 それをみた瞬間キリトは、降下する己にブレーキをかけた。 地面へと落下していシンタロー、だが彼が地面に激突することはない。
人型へと姿を変えた“殿”が、シンタローの事を両の手で受け止めたのだ。
黒い光がはじけ飛んで、現れた姿にコノハは目を見開きながら口を開く。
「くろ、は?」
その名前はかつて、自分たちを幾度となく苦しめた自分の分身そのものだった。
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