聞こえない。
セトが能力を使用し、シンタローの心を聞こうとした時に思ったのはこれだ。 こんな事今までには無かった。 自分の目が、心を聴くことが出来ないなんてことは無かったのに。
「……。」
そして、その事がセトに新たな真実をもたらした。
シンタローの目元を覆うように付けられているあの機械、耳付近に輝く2つの赤い宝石、あれが原因だと。
「セト?」
様子がおかしい事に気づいたのか、近くに居たカノが視線をセトの方へと移し心配そうにしていた。
「何が聞こえたの?」
カノはセトが能力を使っていることに気がついていて、其のせいで様子がおかしい事にも気づいていた。 だからこそ、セトの前に立ち彼を隠すように能力で身長をかさ増して彼を隠していたのだ。
「……聞こえないんすよ、何も。」
「え?」
「ノイズにまみれて、シンタローさんの心が何も聞き取れないんす。 カノ、此れがどういうことか解るっすか?」
「え? ……此処が仮想世界だから、ってわけじゃなさそうだけど。」
「……今のシンタローさんは、あの目元を覆う機械に心が囚われているんすよ。 だからこちらの声も聞こえないし、彼自身が必至に叫ぶ声もこちらには届かない。」
その言葉にカノは驚きの表情を浮かべ、直ぐに悲しそうな表情を浮かべた。
「セト……」
「カノ、もう少しだけ頼むっす。 俺、ちょっと集中するっすから。」
「分かった。 任せておいて。」
カノは静かに頷いて、須郷の方へと視線を戻す。 セトはシンタローの心の声を聴くために瞳を閉じて集中をする。
依然としてノイズにまみれて聞こえない彼の心の声、しかしきっと彼はSOSを出しているはずなのだ。
祈るように耳を傾ける。 その状態で何分経ったのか分からなくなった頃、ポツリとそれは聞こえた。
「……ッ」
その声に、セトは目を見開いてキリトと戦っているシンタローを見つめることしか出来なかった。 だって、その声は余りにも悲しげで、辛そうで、今にも消えそうなほどか細い声だったから。
様子の変化に気づいたのか、カノが振り向いてセトの顔を見るなり驚いて目を見開いていた。
「ど、どうしたの?」
小声で、カノはセトに詰め寄る。 だって彼はシンタローの方を向いたまま涙を流していたからだ。
「ダメっすよもう、これ以上は……」
もう、聞いていられない。 これ以上聞いていたら、止まらなくなる。
「何が聞こえたの?」
「……暗い、怖い、辛い、痛い、助けて。 それ意外の言葉は聞こえてこなかったっす。」
袖で必至に涙を拭いながら、セトはそれでもシンタローから瞳を逸らすことはしなかった。
「シンタロー君……」
セトの言葉を聞いてカノも柄にもなく泣きそうになった。 セトが堪え切れなかったんだ、当たり前と言っちゃ当たり前なのだが、それ以上にシンタローのSOSは鬼気迫るものを感じだのだ。
「痛い、ね。」
ペインアブソーバ、それはこの仮想世界において痛みを感じることの出来るレベルのようで、3以下にすると現実にまで影響をおよぼす代物らしい。
要するに、彼はそのペインアブソーバをいじられ痛みを感じる状態であの須郷という男に色々されたのだろう。
あの無表情な面構えの下で、きっと彼は泣いている。 必死に、助けを求めている。 そう実感した瞬間、カノはその元凶の男である須郷の事を親の仇でも見るような目で睨む。
「……。」
何も言えず、何も言わずにただ睨むだけ。 キリトとシンタローのあのハイレベルな戦いに自分はついて行けないから、見ているだけだ。
祈るように、カノは拳を握りしめた。
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