メカクシ団がALO入りする話【08】
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 疎外感、それはどんなに飛ばしてもまた襲ってくるものだ。
 キリト――桐ヶ谷和人の妹である桐ヶ谷直葉、そしてまたの名をリーファは再びログインしたALOの世界でそう感じていた。
 私の知らない世界で、私の知らない人と結ばれた兄。 土台にも上がらせてもらえない私の妹というポジション、何をとっても無謀な恋だ。
 でも、そんなことは前々から承知していたはずだったのに。
「……どうしたの?」
 様子がおかしいことに気づいたアヤノが心配そうにリーファの顔を覗き込む。
「い、いえ何も――」
 私が最近知り合ったメカクシ団という団体のメンバー達は皆カップルのような雰囲気を醸し出す人たちばっかりで、その中で、妹で、恋人なし――そして兄に無謀な片思いをしているという私の存在は強烈な疎外感を生む。 そんなこと思っちゃいけないのに。 今は大変なときなのに。
 それでも――。
 私は兄である桐ヶ谷和人がどうしようもなく好きだ。 その気持だけはもう抑えることなんて出来はしない事を私は思い知った。
 今だって兄の方へと無意識に目線が向いてしまうのだ。
「さて、行こうか。」
 そう言って振り返り私に向かって微笑んでくれる兄は、どうしようもなくかっこよくて人しれずにきゅんとした。
 この先に待っているのは明確なる失恋の文字だ。 それでも、立ち止まることなんてもう出来やしない。
「行こう!」
 そんな気持ちを隠して、リーファは兄の背中を追いかけた。

 世界樹の麓の街、アルンへついて直ぐログアウトしたため町の全貌を望むことは出来ないままだったがこうして外を歩いて見ると予想以上に世界樹はデカい。
「とりあえず、世界樹の近くまで行ってみよう。」
 そのキリトの提案に皆賛成し、歩き出した――その時のことだ。 キリトの上着のポケットに潜んでいたユイがぴょこっと顔を出した。
「お、おいユイ……」
「ま、ママが……居ます。」
 その言葉にキリトの表情は凍りついた。 
「なっ……」
 バッと上を見上げる。 どんなに目を凝らしても木々の葉しか見つけることは出来ない。
「間違いありません! このプレイヤーIDはママのモノです!」
 その言葉にキリトは拳をぎゅっと握った。 居てもたっても居られなかったのだろう、妖精の羽をはためかせ、地面を力強く蹴るとすさまじい早さで飛んで行く。
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん!」
 止める間もなく――まさにそんな感じだった。 あっけにとられながらも、羽を広げ追いかけていけばもうすぐ障壁がある地点だ。
「気をつけてお兄ちゃん! 直ぐに障壁があるよ!」
 そう叫んではみるが、その言葉は兄に届いた様子はなかった。 あの兄がここまで駆り立てられるアスナさんを人しれずに羨ましく思う。
 兄はそのまま障壁へと衝突し、虚しく押し戻されている。 あの高さから落下すればHPが吹き飛ぶのはもちろん、現実まで影響しかねない。
「お兄ちゃん!」
 そう叫ぶより早く、兄は意識を取り戻し体勢を立てなおしていた。 しかし、兄は止まらない。 再び障壁へと突っ込んでいきそうな雰囲気にリーファは腕にすがりついて必至に止める。
「やめて、お兄ちゃん! 無理だよ! そこから上へは行けないんだよ!」
「それでも行かなくちゃいけないんだ!」
 そう叫んでまた障壁へとぶつかっていきそうな兄の腕をリーファは離さない。
 ふと、彼の上着のポケットに居た妖精のユイがポケットから抜け出し小さな体で障壁へとぶつかっていく。
 しかし、ナビゲーションピクシーをも拒絶するその鉄壁の障壁は無情にも立ちふさがったままだ。
「警告モード音声なら届くかもしれません! ママ、私ですママ!」

 ばっと、顔をあげた。 目に入ったのは見慣れた金の鳥籠の柵――しかし確かに聞こえた気がした。 愛しい娘の声が。
『……ママ!』
「ユイちゃん……なの?」
 辺りを見回すが、ユイの姿は見えない。 一体何処からこの声は聞こえるのだろう。
『ここにいるよ……ママ!』
 内側から聞こえるその声、しかし感じた。 この感覚は下からだ。 端っこまで駆けて行って、柵の合間から下を覗く。 当然ながら彼らの姿を見ることは出来ないけれど確かに感じた。
「私は……私はここだよ! ユイちゃん! キリト君!」
 声は届いただろうか。 何かここに私が居ることを証明できるもの――そう考えながらアスナは辺りを見回す。
「何か、落とせるもの……!」
 この籠の中のものは、位置情報をロックされており落とすことは不可能なことをアスナは検証済みであった。 どうしようと、途方に暮れかけた時はっとしてまくらの下からとあるものを取り出した。
 これはこの籠から抜けだした時、やっとの思いで奪い取ってきたカードだ。 ここになかったはずのこれならもしかしたら……そんな思いを胸に恐る恐るアスナは籠の隙間からカードを落としてみた。
「……!」
 そのカードは何にも弾かれること無く、真っ逆さまに落ちていく。 これなら、きっと気づいてくれる。
「お願い! 気づいて!」
 祈るようにアスナは下をのぞき込んだ。

 もどかしい。 この障壁さえ超えられればアスナの元へといけるのに。
「なんだよ……何なんだよこれは……!」
 漸くここまで来たのに、この壁が俺とアスナを阻むのだ。
 拳を握ってありったけの力でパンチを繰り出してもその障壁はびくともしない。 その様子をリーファは心配そうに見守っている。 追い付いてきたメカクシ団メンバーも、キリトの様子を伺っていた。
「ぱ、パパ!」
 ふと、近くを飛んでいたユイが上空を指さす。 俺はその指差された方向を見上げると、キラリと何かが輝いて落ちてくるのが見えた。
 ナイスキャッチして、その落ちてきた物体を見るがそれは長方形で、まるでカードのようなものだ。
「カード……?」
 落ちてきたものを傍らから覗き込みながらリーファは呟いた。
「なあ、リーファ。 これなんだか解るか?」
 そのキリトの言葉にリーファは首を横に降った。
「そんなアイテム、私は見たこと無いよ。 クリックしてみたら?」
 リーファの言葉に頷き、キリトはカードの表面をシングルクリックした。 しかし、アイテム名はおろかウインドウさえも出ない。 首を傾げていれば、ユイはそのキリトの持っているカードに触れるとはっとして叫んだ。
「これ……これは、システム管理用のアクセスコードです!」
 ユイの言葉に目を見開き、カードを凝視する。
「じゃあ此れがあればGM権限が行使出来るのか?」
「……いえ、ゲーム内からシステムにアクセスする為には対応するコンソールが必要です。」
 その言葉に肩を落としたキリトだが直ぐに持ち直して呟く。
「そうか……でも、こんなものが理由もなく落ちてくるわけ無いよな。」
「はい! ママが私達に気づいて落としたんだと思います!」
 直前まで彼女が触れていたものだ。 間接的ではあるが、彼女の思いが伝わったような気がした。 そして、改めて気付かされたのはここに閉じ込められているアスナもまた現実へ復帰するべく必至に抗っているのだ、ということで。
「リーファ、教えてくれ。世界樹の中に通じているというゲートは何処にあるんだ?」
「え……あれは樹の根元にあるドームの中だけど……で、でも無理だよ! あそこはガーディアンが守っていて今までどんな大軍団でも突破できなかったんだよ!?」
 きっと此処から先が一番困難を極めるのだろう。 だが、引き下がるわけには行かない。 この上にアスナが居るとわかった以上、進むしかないのだ。
「でも……それでも、行かなくちゃいけないんだ。 頼む、皆力を貸してくれ。」
 キリトは振り返りながらメカクシ団に頭を下げた。 そのキリトの言葉に一番初めに口を開いたのはヒヨリである。
「今更ね。 ――私達は世界樹の上へ行くために今こうしてここにいるのだから。」
 そのヒヨリの言葉にエネは微笑みさえ浮かべながら頷く。
「そうよキリト。 最初から私達はアンタに着いて行くって決めているの、 シンタローを助けるためにもね。」
「ここにシンタロー君も居るって僕たちは信じているから――だから、着いて行くよ。キリト君。」
 エネの言葉にコノハも同意するように付け足した。
「シンタローを助けるためならどんなところまで行くんだから!」
 そういうアヤノの顔はいつになく真剣で、しかしほのかな精神的余裕もあるように見えた。 強いな、と素直に彼女にそう思う。
「どんな困難があっても俺たちは諦めないさ。」
「そうっすよ。 シンタローさんとアスナさん、そして捕らわれている人たちを開放するために俺たちは今ここにいるんすから!」
「まぁ、ビビリだしコミュショーだけどあれでも僕達のヒーローだからね。 シンタローくんは。」
 キドも、セトも、カノも、そう言ってキリトの顔を見て微笑む。
「私も頑張るからね!」
 両手で杖を握りしめてマリーはきりっとした表情をした。 その一連の流れの中でリーファは今まで感じてきた疎外感の理由を悟った。
 私はこのメンバーの中で、唯一どちらとも接点のない人間である、ということだ。 心の何処かでは”所詮ゲームだ”と思っているのかもしれない。
「……。」
 どうしようもない、この埋められない隙間。 私とお兄ちゃんの間にある壁。 SAOから帰ってきて前よりもずっと優しくなりやっと私を見てくれたと喜こんでいたあの日々のあの気持ちを私はもう思い出せない。
 だって、アスナさんが目覚めなければいいのに――なんて、一瞬思ってしまったのだ。 最低だ、私は。
「どうした?」
 兄のこの優しげな表情さえも、今の私には攻める材料にしかならない。 きっと兄は、アスナさんやシンタローさんのことで頭がいっぱいでこんなことをしている暇なんて無いのだ。
「なんでもない。」
 こんな去勢、兄には通じないだろう。 しかし、此処で私の気持ちを暴露することなんて出来ない。 だって、私の気持ちを兄に言えばこの関係は崩れてしまう。
 折角兄と前のような関係になれたというのに、みすみすそれを壊すような真似は絶対にしたくない。
「……リーファ、お前――」
「さ、行こう。 世界樹の中に行くには世界樹の根本のドームに行かなくちゃ。」
 無理やり笑顔を作って、この関係が続いてくれたら――なんて思ったりして。
 怪訝そうな顔をしながらも兄は頷いた。 それを確認した私は身を翻して皆を導くように飛ぶ。
「スグ……」
 そんな彼女の後ろ姿を見ながらキリトは悲しそうに彼女の現実での愛称を呟いた。
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