結局始めてのALOへのダイヴは長時間に渡るものとなり、ログアウトしたのは朝方4時頃であった。
幸いにも、皆学校は休みであったが普段の日ならば絶対に遅刻していたであろう。
かくいうアヤノも起きたのはお昼ごろであり、事情を知っている父親に酷く心配されていた。
「どうたったんだ?」
「うん、飛ぶのにも戦闘にも慣れてきたしもう世界樹の麓の町に着いたの。 午後3時にまたログインして色々と調べてみるね。」
「そうか、無理だけはするなよ。 シンタローのお見舞いは俺に任せとけ。」
いつも以上に頼もしく見える父親にアヤノは笑いかける。
「ねぇ、お父さん。 ――もしも、の話だけどさ。」
アヤノは一度そこで言葉を遮り、父親の瞳をまっすぐに見据えた。
「どうした?」
「人って、心が死んだらどうなるの?」
そのアヤノの問いかけに、父親である研次朗は表情を消す。 娘である彼女の問いかけの真意がわかったような気がしたからだ。
「……ALOで、何かあったのか?」
「分からない……分からないけど……でも、聞こえたの。 崩壊する寸前の、彼の声が。」
アヤノはみるみるうちに涙を溜めていく。 きっと聞こえたのはアヤノだけなのだろう。
「シンタローが、壊れちゃう……」
今直ぐに助けに行きたいのに、ALOは今メンテナンス中であり入ることは出来ない。
「アヤノ……」
大切な人を助けに行きたいのに行けないもどかしさ、それは研次朗が身を持って知っていることだ。 辛い気持ちも痛いほどよく分かる。
「聴くんだ、アヤノ。 今日、俺は午後三時――お前がログインした後シンタローの入院している病院に向かう。 俺がアイツの側に居てアイツを守るからお前は安心してALOでアイツを助けだせ。」
目を見てまっすぐに伝えた。 こいつには笑顔が似合うのであり、断じて涙は似合わないのだ。
「お父さん……」
「俺を信じろ。」
その真っ直ぐな瞳にアヤノは、涙を拭ってキリッとさせた顔で頷いた。
「分かった。 ありがとう、お父さん!」
「その粋だ、アヤノ。 お前なら出来る。」
私を後押ししてくれる言葉、極寒の世界の中で見つけたひだまりのようなそんな感じさえもするそれにアヤノは微笑む。
かつて夢見ていた景色が目の前に広がっている気がしたのだ。
母親こそ、ここには居ないけれど……でも。 心の中にはいつも母親の温かい笑顔がある。 だからこそもう、私はあきらめない。
生きていれば、きっとどうにかなる。 今はそう信じて前へ進むだけ。
「頑張るよ。 お父さん。」
「おう。」
待っていてね、シンタロー。 私が、もうすぐそっちへと行くから。 どんなところにいてもきっと行ってみせるから。
「お父さん、そろそろ時間だから私……行ってくるね。」
足掻いて、藻掻いて、みっともない姿になったとしても私が彼を諦めるなんてこと出来るはずがない。 彼は私が”あちら”へと居た2年もの間ずっと想っていてくれたのだ。 あの世界から助けだしてくれたのは彼――だとしたら今度は私の番だ。
私が、彼を助ける番だ。
「ああ。 しっかりな、アヤノ。」
「うん!」
高らかに返事をし、アヤノは部屋へと入っていく。 研次朗はそれを見届けると身を翻して出かける準備を始めた。
一方、部屋へと入ったアヤノはアミュスフィアを片手に窓の外を見上げていた。
快晴の空、どこまでも自由で何の曇もない空。 それはまるで今の私の心のようだ。
「――もう、何も迷うことなんて無い。 恐れることなんて何もない。 死んでもいい世界なんて、ぬるすぎるもの。」
そうだ。 ALOで死んだとしてもそれは現実の死ではない。 例えグランド・クエストに失敗し死んだとしても現実の私が死ぬことはないのだ。 怖がることなんて、何もない。
「リンクスタート!」
とても清々しい気分で、アヤノはALOへとダイヴしていった。
prev / next