パチッと、目を開けて広がっていた景色はウンディーネ領独特の水色仕様の町並みだった。
まず確認したのはログアウトできるか否かである。 これはもうSAOサバイバーなら仕方のない事だろう。 そして、ふと右を見れば黒っぽい小さな龍がアヤノの隣に居た。 見間違えるはずもない、此れはSAO内で彼の隣にいつも居た彼のもう一人の相棒――《殿》である。
「と、殿……なんで、」
だって此処はSAOではないのに、なんでこの子が居るのだろう。 そんな疑問を口にする前にアヤノは目の前に居る殿に抱きついていた。
喜ぶ一方で、アヤノは殿に対し言葉では言い表せない何かを感じていた。 無理やり言葉にするとしたら”違和感”だろうか。
しかし、アヤノはそんな思考を振り払うように言葉を放つ。
「会いたかったよ、殿!」
束の間の再会を喜んだ後、アヤノは改めてマリーの姿を探した。 ウンディーネを選ぶと分かった以上、この領の中に彼女はいるはずだ。
「あ、あの人かな……」
キョロキョロとしている長く水色の髪をした女の子を見かけ、アヤノは思い切って話しかけてみる。
「あ、あのー、もしかしてマリーちゃん?」
「え、あ!もしかしてアヤノちゃん!?」
どうやら、マリーで間違いないようだ。 にしても、マリーのアバターは現実の姿とかけ離れている様子ではなく寧ろそのままと言った方がいい。 此れは単に彼女のくじ運がいいのだろう。 すごい。
「よかった、ちゃんと会えたね。 よし、じゃあフレンド登録したあと装備を整えに行こうか。」
「うん!」
装備を整えるため、武器屋に言った二人。 アヤノはそうそう、よさ気な槍を見つけそれを即座に買うが、マリーに合いそうな杖が中々見つからない。
「うーん、どれがいいかなぁ。」
「あ、マリーちゃん此れは?」
アヤノが見つけた杖は、月と太陽がモチーフになっている杖で、とてもきれいなものだった。
「あ、これいいなぁ。 お金足りるかな……」
「足りない時は私がお金を貸してあげるから大丈夫だよ。」
それから少したって、ひと通り装備を整え終わった二人は街にいるプレイヤーたちからルグルーへ行くために情報を集める。
「そういえば、ふたりとも飛ぶ方法は知っているかい? 良かったら随意飛行のコツとか教えてあげるけど……」
ALO歴が結構長いらしい男性プレイヤーから、色々と教えてもらっているついでに彼は飛び方を教えてくれるらしい。
「すいません、色々教えてもらっちゃって……」
「いや、いいんだよ。 どうせ暇だしね。」
随意飛行は、出来ない人はとことんできない程難しい物らしい。 幸い、アヤノもマリーもそんなに苦戦すること無く10分ちょっと練習しただけでマスター出来たが、普通はこんな短い時間でマスターはほぼ無理なのだそうだ。
「――色々教えてくださってありがとうございました。」
「いやいや、力になれたのならよかったよ。 じゃあ僕はこのへんで。」
そう言うとその男性プレイヤーは名前も名乗らずにログアウトしていく。 それを見送ったアヤノとマリーは、顔を見合わせ頷いた。
戦闘にもある程度慣れ、マリーも魔法を色々使えるようになったためそろそろルグルーへと向かおうというのだろう。
「行こう、マリーちゃん。」
「うん!」
そうして、ウンディーネ領の一番高い建物の上にやってきた二人は、暫くその景色を眺めた後、翼を羽ばたかせ飛び立っていく。
「護衛は任せてね!」
「うん!」
そんな会話をしつつ、アヤノとマリーは空を飛んでいった。
5分ほどぶっ続けで戦闘をしながら飛んでいたアヤノはふと、立ち止まり世界樹の方へと目を向ける。
「シンタロー……?」
何故だか、シンタローの声が聞こえた気がしたからだ。
「どうしたの?」
隣にいるマリーが突然立ち止まったアヤノの顔を見ながら心配そうな表情を浮かべている。
「……声が、聞こえた気がしたの。」
「シンタローの?」
「うん……」
「どんな声だったの?」
「――悲痛な、叫び声。」
今直ぐに彼を助けに行きたい衝動に駆られているが、きっと何をしても無理なのだろう、今は。 耐えるしか無い。
今頃、彼は一体何処に居るのだろう。 きっと怖い思いをしているだろう。 つらい思いをしているだろう。 もしかしたら痛い思いとかしているかもしれない。
「マリーちゃん、急ごうか。」
「そうだね、アヤノちゃん。」
互いに拳をぎゅっと握って、一回世界樹を睨みつけた後目的の場所、ルグルーへと二人はまた飛び立っていく。
「絶対にそっちに行くから、だから! もう少しだから!」
やっと……やっとまた笑ってくれるようになったのに、やっとこの手が彼に届いたのに、どうかお願いだから、私から彼を、彼の笑顔を奪わないで欲しい。
「待ってて、シンタロー!」
きっと聞こえている、と願いながらアヤノとマリーはルグルーへと行くためにスピードを上げる。
途中で遭遇したモンスターも邪魔するなと言わんばかりに切り捨てて、空を駆ける。
「あ、アヤノちゃん! あそこにある洞窟がそうじゃない?」
マリーが指さした先に見えたのは洞窟だ。 間違いない、あれが目指している洞窟だろう。
目配せをしながら二人はそっと洞窟の内部へと足を踏み入れる。 モンスターの気配に耳を澄ませながら慎重に暗い道を進んで行けば、見えてきたのは暗い洞窟内で一際光を放つ都市。 ――あれが、《鉱山都市ルグルー》だ。
「行こう、マリーちゃん!」
「うん!」
体力が持つ限りの全力疾走をしてルグルーに入ってみれば、そこは現実離れした都市の姿があった。
「うーん、もしかして私達が一番かな?」
マリーがキョロキョロしながらお目当ての人物を探すがそれらしい姿は何処にもない。
「まだ待ち合わせ時間には結構あるし、一番っぽいね。 どうする?」
「ちょっと街の中見て回りたいなぁ。」
いくら急いでいると言ったって、数が揃わなければ無謀なだけだ。 今自分たちに出来るのは数が揃うまで待つことだけだ。
「じゃあマリーちゃんあっち行こう!」
「うん!」
マリーの手を引きながら、アヤノは駆けていく。 笑顔の裏で思い出していたのはさっきの彼の叫び声。
悲痛な叫び声とは言ったが、少し違う。
あれは崩壊の音だ。 ――なにかが壊れる寸前の、彼の声。
なにが、なんて考えなくても解る。
お願い、お願いだから、神様でもなんでもいいから。 彼を、護ってあげてほしい。
そんなアヤノの願いを聞き届けたように、傍らに寄り添う殿の”金色”の目がキラリと光った。
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