流石に面食らう出来事だ。
まさかエネやコノハとこんなに早く再会出来るとは流石に予想はしていなかった。
そんな和人の気持ちを読んでか、エネはニヤリと笑い自己紹介を始める。
「とりあえず、はじめまして。 私は榎本貴音、21才。 こっちは、九ノ瀬遥――同じく21才ね。 気軽に貴音、遥って呼んで。」
「ひ、酷いよ貴音……僕が言いたかった……」
この声も、和人が知る二人そのものだ。 違うのは髪の色位だろうか。
「え、貴音と遥……がなんで此処に……?」
「アスナの病院が此処だって聴いてね。 アンタが居るんじゃないかって思って来てみたの。 あれ、その後ろにいる子……アンタ浮気?」
「は、はぁ!? 違うよ! 妹だって。 ――俺は桐ヶ谷和人、16才。」
とりあえず、本名を名乗る。 現実世界でHNを名乗るわけにはいかなかったから。
「わ、私は妹の桐ヶ谷直葉です。 ――お兄ちゃん、この人達知り合い?」
「ま、まぁな。」
「とりあえず、立ち話も何だから移動しない? ふたりとも、この後時間大丈夫?」
遥が腕時計を見ながら和人と直葉に問いかける。
「俺は平気だけど……スグは?」
「私も平気だよ。」
「じゃ、とりあえず移動しようか。 其処に車が待っているから。」
貴音と遥の後をついていった先に待っていたのは白いワゴンだ。 それの後部座席に乗り込んで、車はどこかへと走り出す。
「えっと、とりあえず、和人この写真知っている?」
そう言って貴音が差し出した写真を見た和人は酷く動揺した様子で、直葉は兄の持っている写真を覗き見る。
「こ、この写真――もしかしてALOの……」
「スグ? この写真の事知っているのか?」
「う、うん……私、アルヴヘイム・オンラインっていうゲームやっているの。 この写真は、その中で撮られたものよ。」
「あれ? スグってゲーム嫌いじゃ……」
混乱している様子の和人を尻目に、貴音は口を開いた。
「今朝、エギルから私に送られてきたの。 ――アンタのところには届いてない?」
「あ、そういえば何かメールが来ていたような……」
今朝は色々立て込んでいて確認できていなかった。 今思えば確認しておくべきだったと、今更後悔する。
「そうそう、和人。 アンタ、私に聞きたいこととか在るんじゃないの?」
唐突に貴音は、俺の目を真っ直ぐに見据えながら問いかける。
「……。」
「お兄ちゃん?」
直ぐ隣に座る直葉の言葉を耳で受けながら、和人は戸惑いがちに口を開く。
「シンタロー……は、生きているのか?」
ずっと心の中に支えていたのは、シンタローの安否だった。 俺があの時、ソードスキルを使わなければ、きっとあんな事にはならなかったから。
「生きているわ。」
貴音はそんな和人の支えを取るように、告げる。 その言葉に、顔を上げた和人は真っ直ぐに貴音の瞳を見据える。
「でも――」
「……でも?」
「目が覚めていない。」
そんな貴音の言葉に、和人の脳裏にアスナの笑顔が過ぎった。
「ま、まさか――」
「アスナと一緒よ。」
それはつまり、未だ仮想世界に囚われたままということだ。 ナーヴギアを被ったまま……。
「……。」
「お兄ちゃん大丈夫?」
俯いたまま、表情が見えない兄を心配したのか直葉は覗きこむ。
「大丈夫だよ、スグ……」
「ねぇ、和人君。 ――そんな顔しないで。 大丈夫、アスナちゃんも、シンタロー君も心臓が動いている。 死んだわけじゃない。 ということは、助けられるんだよ?」
「助けられる……?」
でも、居場所は? 宛はあるのか?
「さっき直葉ちゃんが、アルヴヘイム・オンラインって言っていたでしょ? 一縷の望みを掛けて、そこへ行ってみようと想うの。 今日の午後、エギルのお店に行って詳しく話を聞く予定よ。 一緒にいく?」
貴音のその問に、和人と直葉は頷いた。 それを確認した貴音はふと微笑んだ。
「よし、じゃあエギルのお店に行く前に……寄りたい所があるのよ。 先生、後どれ位で着く?」
貴音は運転席に向かって話しかけた。
「この調子で行けばあと10分もすれば着くな。」
その貴音の問に運転手は車の時計を見て、振り返らずに言った。
「先生?」
「ああ、この車運転しているのは私と遥の高校時代の先生で、アヤノのお父さんである《楯山研次朗》ね。 私達が入院している間、目覚めない人たちに関する事を調べていてくれたのは先生なの。」
まぁ、このくらいのことしてくれなくちゃ許さないんだけどね、と貴音は付け足す。
「付け足すと、今向かっているのはシンタローの入院している病院。 そこでアヤノ達と待ち合わせして皆で病室に行く予定。 ちなみにアヤノはシンタローにSAO帰還後初めて会うのよ。」
リハビリの途中、会いに行こうと思えば行けた。 けど彼女はそれをせず、リハビリを頑張って、そして完全な状態で彼に会いに行きたいと言っていたのだ。
「着いたぞ。」
研次朗の言葉を聞き、窓の外を見る。
「ここにシンタローが?」
「そうよ。 私も来るのは初めてなの。 病院の入口で待ち合わせよ。 先生、案内よろしく。」
「人使い荒いんだよお前ら……」
「す、すみません乗せてもらっちゃって……」
和人は慌てて研次朗に頭を下げる。 直葉もつられて下げ、お礼を言った。
「いや、いいんだよ。 俺はこいつらに誤っても謝りきれないことをしたんだから。 ――さて、アヤノが待っているから行くぞ。」
研次朗はそう言って微笑み、病院の方へと歩いて行く。
「お兄ちゃん、行こ?」
「そうだな。」
直葉に急かされ、和人は駐車場を歩き出す。
病院の入口では、見慣れない集団が待ち構えていた。
「紹介するわ、右から、楯山文乃、木戸つぼみ・鹿野修哉・瀬戸幸助・小桜茉莉・雨宮響也・朝比奈日和ね。 後一人は病室にいるわ。」
貴音に名前を呼ばれると同時にペコリとお辞儀をするように挨拶を交わした。
「久しぶり!キリト君!」
「元気そうでよかったよアヤノ。」
SAO帰還後初めての再会にアヤノと和人は喜んだ。 そして、アヤノは何かに気付いた様子で口をつぐむ。
「ご、ごめん! 名前……」
「あ、ああまだ名乗ってなかったもんな……仕方ないよ。 俺は桐ヶ谷和人だ。」
「お兄ちゃん……キリトって……」
隣で聞いていた直葉が疑問を兄にぶつけた。 それも其のはずだ。
「ああ、俺のSAO内で使っていた名前だよ。」
「そうなんだ! なるほど、キリト…か。 なんだ、名前省略しただけじゃん。」
そう言って直葉は笑う。
「あ、桐ヶ谷和人……キリト……本当だ!」
「なんだ私と遥と同じ付け方じゃない。 エネ、コノハ。」
「そ、そういえば!」
アヤノはそう言って微笑んだ。 しかし、それは彼女本来の明るい笑みなんかじゃなくて。
「じゃあ行くわよ。」
貴音の言葉に頷いてシンタローの病室へと急いだ。
「此処がシンタローの病室だ。」
研次朗がそう言うと、貴音はそーっと病室のドアに手をかけ開ける。 すると、凄く見慣れた人物が目の前に居た。
「……あれ? 貴方、もしかしてアイドルの如月桃さんじゃないですか?」
直葉の口から出た名前には覚えがあった。 テレビでよく聞く名前だからだ。
「あ、はい。 私、如月桃といいます。 如月伸太郎の妹です。」
「う、うわ……本物だ……」
流石に和人も驚くしか出来ない。 今まで生きてきた中で有名人に会うなんて経験なんてしたことがないからだ。
「じゃ、じゃあ兄に会ってあげてください。 喜ぶと思いますから。」
桃の後をついていった先に、ベッドの上に横たわって眠っている彼の姿があった。
「シンタロー……」
そう言って真っ先に駆け寄ったのはアヤノである。 涙をこらえきれずにみっともなく泣いている彼女は、そっとシンタローの頬に触れて微笑んだ。
「暖かい……」
途方も無い安心感がその温度にはあった。 確かに生きていると、実感できた。
「生きているんだな、本当に……」
和人もまたその温度に安心したように呟いていた。 SAOでは感じられなかった空気の匂いも、心地良い。
「あんな最期で、生きてるって方がおかしいのよ。 これはきっと奇跡なんだわ。」
「そうだね。 きっと奇跡だ。」
貴音も、遥も、そう言ってシンタローの手を握った。
「教えてください……SAOで何があったんですか? 何故お兄ちゃんは目が覚めないんですか!? こうやってアヤノさんたちが戻ってきたのに、なんで……」
今まで気丈に涙をこらえてきた桃だが、遂に涙腺が決壊し涙を流す。
「話すよ……全部。」
和人は決意したように、拳を握る。 きっとこれは俺が言わなければいけないことだ。
すっと、口を開いて語られた真実に皆は顔を顰めながら聞いている。
「そんな……じゃあヘタしたらお兄ちゃんは……」
「あの状況じゃ、ああするしか無かったわ。 それにね、染み付いた癖ってのは気をつけていても出てしまうのよ。 それに加え、ソードスキルを発動せずに戦うなんて真似、する人なんて居なかったもの。 寧ろあの場でソードスキルを発動せずに戦うなんて真似をしたキリトとシンタローはすごいわよ。」
その貴音の言葉にSAO内を知るメンバーは頷いた。
「私だったら直ぐにソードスキルに頼っちゃうもん。」
アヤノはそう言って笑う。
「モモちゃん、午後はお仕事あるの?」
「いえ、オフですけど……」
「じゃあ午後ちょっと私達に付き合ってくれる? モモちゃんも、これ以上待っているのは嫌でしょ?」
「……お兄ちゃんに関して何かわかったんですか?!」
貴音の方へと身を乗り出して、モモは問いただす。 もう藁をもつかむ思いだった。 これ以上、待っているだけなんて嫌だ。 私だって兄を助けに行きたい。
「確かな情報じゃないわ、ただSAO生還者で未だ目覚めていない人物がアルヴヘイム・オンラインというゲームの中で見かけられたというだけの話なの。 でも、これ以上待っているなんて私もしたくない。 これから、その件について詳しく知っている人に話を聞きに行く予定なの。 ――皆はどう?」
答えなんて分かりきっているとでも言いたげに皆は頷く。 其の答えに貴音は満足気に微笑んで、シンタローに目を移し呟いた。
「待ってなさい、もう少しで助けに行くから。 ――じゃあ皆、行こう。 約束は2時なの。」
別れ際、遥はシンタローの頭を愛おしむようになでて、部屋を後にした。
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