SAOはクリアされた。
世間的には、とあるプレイヤーが紛れていた茅場晶彦を見破って勝負して勝ったとなっている。
「あれからもう随分立つんだなぁ。」
新聞を片手に、桐ヶ谷直葉は朝食をぱくりと口に放り込む。
桐ヶ谷直葉は、兄がいる。 と言っても、兄と私は血の繋がらない兄妹らしい。
それを聞いたのは兄がSAOに囚われてすぐで、聴いた時は勿論驚いたし信じられなかった。
今でも信じられてはいない。
「スグ、おはよう。」
二階からアクビをしつつ、降りてきたのは桐ヶ谷和人。 さっき言っていた私の血の繋がらない兄だ。
「おはよーお兄ちゃん。 あれ、どこか出かけるの?」
見れば、兄の格好は外行きのものだ。 身支度ももう、整えてある。
「……病院に。」
短く、そして私から視線を逸らしながら兄は苦しげに呟いた。
「――そっか、あの人のお見舞い行くんだね。」
あの人、とは、SAO内で知り合ったという兄の彼女だ。 彼女は未だに現実へと復帰しておらず、未だナーヴギアを被りながらベッドの上で眠っているのだそう。
「……ねぇ、私も行っていいかな。 アスナさんのお見舞い。」
心の中で抱いている想いを必至に隠しながら、その日私はひとつの決心をした。 きっと、兄の彼女の顔を見れば諦められると思ったから。
何を諦めるのか――それは。
「(アスナさんの顔を見れば、お兄ちゃんのことを諦められるかもしれない……)」
そう、私は兄である桐ヶ谷和人のことが好きだった。 ずっと、ずっと前から。
でも、私と兄は兄妹だ。 恋なんて叶うわけがない。 血がつながってなくたって、きっと叶わない。
「ああ、いいぞ。 ――きっとアスナも喜ぶ。」
兄は微笑んで私の頭をそっと撫でる。 この行為は兄の癖であり、私がいつも安心させられてきた行為だった。
「じゃあ私、準備してくるね。 ちょっとまってて!」
この間、私は冷えた室内で涙をこらえている兄を慰めていた。 何があったのか、兄は涙を流しながら答えてくれた。 『アスナが……遠くに行っちゃうんだ……俺の……手の届かないところに……』兄はそう言って泣き崩れた。 其の言葉の意味を考えるよりも早く、私はそんな兄を抱きしめていた。
自分の身になって考えてみる。 もしも、私の好きな人――、まぁこれは兄のことなのだが、其の人がもしも、私と……そう考えて、直葉は声にならない声で呟く。
「――そっか、同じだ。 今の私と……」
まるで、今の私を見ているみたいだ。 でも、一つ違うのは、私と兄の間柄はそういうものじゃ無いということだけ。
そんな鬱々しい考えを振り払うように、直葉は部屋の中でパンパンと、頬を叩く。
「大丈夫。 うん、いつもの私だ。」
鏡を見て、にこりと笑う仕草をした後私は部屋を後にした。
カードでロックを解除するという桁違いな豪華さであるアスナさんの病院。 そして、初めて見た兄の彼女の顔をみて、私は固まってしまった。
その人は、眠り姫の如き美しさでベッドの上で横になっている。 ひと目で思い知った。 ――勝てない、と。 今の私に、アスナさんは余りにも鮮明に脳裏に焼き付いて、そして残酷にも現実を突きつける。
「……スグ?」
「きれいな人だね。」
「ああ。」
兄はそう言って、悲しそうな顔をした。
「行くか、スグ。」
想いを振り払うように頭を降る。 そして、和人は笑顔を直葉に向けて、アスナに背を向ける。
「うん。」
「――じゃあ、アスナ。 また来るから。」
去り際振り返って兄はアスナさんに微笑みかける。 それは、私が見てきた兄のどのほほ笑みとも結びつかない恋人にしか見せない独特の慈愛に満ちたものだ。
ちくり、と胸が痛むのを必至に堪えながら直葉は兄の背中を追いかける。
悟られてはいけない、そればかりを考え直葉は必至に笑顔を作る。
お見舞いを終え、病院の外へと出た和人と直葉は晴天の青空を見上げる。 すると、とんとんと和人の肩を後ろから叩かれた。 ばっと振り返った和人が見たのは実に懐かしい2つの顔。
「え……?」
「久しぶり。 元気だった?」
エネと、コノハと似たような顔つきの二人組だった。
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