高校生組がSAO入りする話【29】
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 その後、SAOから生還したプレイヤーは無事に意識が回復しその家族たちは大いに喜んだ。 しかし、アヤノだけは違う。
「離して! シンタローのところに行くの!」
 動かない体を無理に動かそうと、アヤノは叫びをあげながらベッドから這い出ようとしていた。 それを必至に抑えているのは病室にいるカノとキドだ。 しかし、ここまで取り乱す彼女を二人は知らない。
 ゲーム内でいったい何があったというのだろうか。 詳しく話を聞きたくても、この状態では聞けるわけもない。
「姉さん! 落ち着いてくれ!」
「姉ちゃん、ダメだよ無理したら!」
 未だにベッド上でもがき苦しむアヤノに、キドもカノも気が気じゃない。 今の状態では歩くことも難しいのだから。
「無理だよ姉ちゃん……もう少し筋肉が着いて、リハビリもしてからじゃないと……」
「だって……」
「その代わり、俺達が変わりにシンタローのお見舞いにいって、様子とかを話すから……だから姉さん、今は耐えてくれ!」
 キドのその言葉にアヤノは肩を揺らしてキドの肩をガシっと掴んで信じられないとでも言いたげな様子で呟く。
「い、きてるの?」
「え?」
「シンタロー……生きてる……の?」
 そんなアヤノの縋りつくような問いかけにキドは一体何があったんだと疑問を浮かべながら肯定した。
「ああ、生きてるよ姉さん。 ――でも、なんで、そんなにシンタローの生死を……SAO内でいったい何が……」
「ごめん、もう少し……待って……。」
 まだ、自分の口から話せるほど整理できていない。 今話してもぐちゃぐちゃになってしまうだけだ。 それに、今思い出してもあの光景はつらすぎる。
 だって、アスナは動けたじゃないか。 あの麻痺状態の中、走ってキリト君を助けるために……。
 ――なら、私は? あの時、私は何をしていた? そんなの、分かりきっている。 私はあの時、見ていることだけしか出来なかった。 麻痺のせいで――否違う、麻痺のせいにしているだけだ。 アスナはそんなシステムの絶対を打ちやぶって動いたじゃないか。
 もう、あんなことは嫌だ。 見ているだけなんて、もう沢山だ。 あの時動けなかった、助けられなかった――だから今度は、今度こそ。  其のために、今必要なのは体力をつけて、リハビリに励むこと。
 キドとカノが帰っていった一人の病室で、アヤノは一人帰らぬ彼のことを思っていた。
「生きてるなら、泣く理由なんてもう何処にもない。 ――どんなところにいても、きっと私が見つけ出してみせる。」
 だから、もう少しだけ待っていてね。 シンタロー。



 目が覚めて、一番はじめに感じたのはシンタローの安否だった。 あの世界での死は、現実での死――だとしたら、あの時シンタローは死んだのだろう。 でも、信じたくない。
 だって、やっとアヤノと笑い合えるようになって、家族とも仲良くなれたんだ。
 そして、時が経ったある日病室に訪れたアヤノのお父さんである楯山研次朗が口にした事実に私はホッとした。
「い、生きてる……?」
「ああ。 シンタローは生きてる。」
 そう真面目な顔で言われたら、嘘だなんて思えなくなる。 こんな最低な先生だけれど、でも、今はその先生の言葉が希望になったのだ。
「――でも。」
 しかし、先生は途端に悲しげな表情を浮かべる。
「目が覚めていない。」
 続けられた言葉に、私は目を見開く。
 目が覚めていない――ということは今現在も彼はSAO内にとどまっているのか?
「どういう、ことよ。」
「原因は分かってない。 こっちでも個別に調べておくからお前はさっさと体力つけて退院しろ、貴音。 遥の方へはこれから報告に行くから。」
「――わかった。」
 研次朗が帰っていった後、シーンとなった病室で天井を見上げながら貴音は安堵の表情で笑った。
「良かった……生きてた……」
 あんな最後で、生きているだなんて誰が想像しただろう。 きっと、これは奇跡なんだ。 彼が生きていたのは、きっと。
「生きているなら、話は早い。 絶対にアンタの居る所を調べあげてやるわ。 エネの時代に培った全てを掛けて、アンタを助けに行ってやるんだから……」
 いっぱい食べて、いっぱい寝て、体力をつけよう。 そして、リハビリに励もう。 あの時、何も出来なかった分、今度は。



 SAOから帰ってきてもう何日が経っただろう。 病院の無機質な天井を見つめるだけな日々。 筋力もまだ戻っていないため、歩くこともままならない。
 でも、自分はこうして病室で生活する日々には慣れっこなので、もう退屈とは思わない。
 こうしてベッドから見える窓の景色を見ているだけで案外気が紛れるというものである。
 そんな時コンコンと、扉がノックをされた。 返事をして入ってきたのは楯山研次朗――高校生時代の担任だった人だ。
「あれ、先生……?」
「よう、遥。 どうだ具合は。」
「体調はもう全然平気なんだけど、筋力とか全然。 まだ歩けもしないよ……」
「まぁ、体調がいいならいいが……今日はな、遥に良いニュースと悪いニュースがある。」
 神妙な面持ちで、研次朗は窓際にあった椅子に座る。
「……良いニュースと悪いニュース?」
「ああ。 まず良いニュースから……シンタローは生きてる。」
 その言葉に、遥は目を見開くことしか出来ない。
「……え?」
 だって、彼は――。
「ゲーム内でのアイツの最期は貴音から聞いてる。 ――現に、ゲーム内で死んだ奴は現実でも死んでいた。 でも、シンタローは死んでない。 生きてる。」
「…ほ、本当に?」
「嘘ついてどうするんだよ。」
 ほ、っと胸を撫で下ろしたかのような気分だった。
「悪いニュースっていうのは?」
「ああ、シンタローは生きているが……まだ目が覚めていない。 ナーヴギアもまだ外されずに眠ったままだ。 次いでに言えば、まだ300人あまりのSAOプレイヤーが現実に帰還してないらしい。」
 研次朗は、貴音や遥、そして娘であるアヤノのお見舞いをしながら今だに帰還していないシンタローのことを色々調べている。 何故、彼がこんなことをしているのかと言えば、彼らに対して負い目があるからと、そして何よりも――。
「調べ物は引き続き俺に任せておけ。 ――だから遥、お前は体力をつけて、リハビリして退院しろ。」
「分かった。 頑張る。」
 確かな決意の篭った眼差し、とても眩しいそれに研次朗は苦笑いを返し、そして病室を出て行く。
「シンタロー君……」
 残された病室で、遥はSAOでのシンタローの最期を思い出しながら彼の名を呼んだ。


 それぞれに悔いることはあったし、後悔することも沢山あった。 しかし、それ以上に彼が生きていたという事実は彼らに対して希望を齎し、また歩き出す道を照らしだしたのだ。
 あの時何も出来なかった分、今度は自分たちが彼を助ける――彼らは固くそう決意し空を見上げた。



完結
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