目を開ける。 そこに広がっていたのは、とてもきれいな夕焼けの景色だ。
「……ここ、は」
当たりを見回し、きょろきょろとしていれば後ろからは最愛の彼女であるアスナの声が聞こえた。
「アスナ……!」
「キリト君……?」
同時に互いの名前を読んだ二人は手をつなぎ、此処がどこなのかを探るべく辺りを見回す。
そして――。
「あれ……アインクラッド……?」
空の真ん中に浮かんでいた巨大な鉄の城、それは2年もの間自分たちが過ごしていたあの場所そのものだ。 目を凝らしてみれば、自分たちが過ごしてきた場所が見える。
そして、今、その城は崩れていく。
「中々に絶景だな。」
ふと傍らから声がした。 その声の主は、間違いなくヒースクリフ――いや、茅場晶彦だ。
事実、姿を表せた彼はあの見慣れた団長の姿ではなく現実の茅場晶彦の姿である。
「あれはどうなってるんだ?」
「比喩的表現――というべきかな。」
その声のトーンはどこまでも静かだ。
「現在、アーガス本社地下五階に設置されたSAOメインフレームの全記憶装置で全消去作業を行っている。 あと十分ほどでこの世界の何もかもが消滅するだろう。」
崩れていくアインクラッドを見ながら茅場晶彦は語る。
「あそこに居た人たちは……どうなったの?」
アスナが問いかけた。 それはキリトも気になっていたが、一番の気がかりはシンタローのことだ。
「――心配はない、先程……」
そういいながら、茅場晶彦は指を動かし、メニュー画面を眺めながら続ける。
「生き残った全プレイヤー、6147人のログアウトが完了した。
その言葉にひとまず安心したキリトとアスナは、続けるように問いかける。
「……シンタロー、は?」
震える声で、問いかける。 自分のせいで彼は死んだと言ってもいいのだ。
「それは、君たちが現実で確かめることだ。」
茅場晶彦はそう言ってこちらに向かって微笑んだ。 キリトはそんな様子の茅場晶彦にずっと聞きたかったことを聴いてみることにした。
「……なんで、こんなことをしたんだ?」
「――なぜ、か。 私も忘れていたよ。 何故だろうな。」
夢中になったのは、異世界というものだった。 空に浮かぶ鋼鉄の城、その妄想にとりつかれた茅場少年は、いつからかその世界を創りだすために人生を捧げていた。
いつか、あの世界に行ってみたい、自分の脳内にしかないあの城に。
「私はね、キリト君――まだ、信じているのだよ。 どこか別の世界には、本当にあの城が存在するのだと。」
この世界に、来て暫くして俺は思った。 この世界で生まれ、生きてきたようなそんな、妄想じみた考えを。
剣士に憧れ、そして、剣士として生きていくそんな世界を。
「そうだといいな……」
つないだままの手の先で、アスナは頷いた。
そして、静寂が流れ暫く。
「……いい忘れていたな。 ゲームクリアおめでとう、キリト君。 アスナ君。 ――では、私はそろそろ行こう。」
風が吹き、茅場晶彦の姿はそれにかき消されるように消えていった。 残されたキリトとアスナは、手を繋ぎながら縁に歩き出す。
「シンタロー……」
俺がソードスキルを使わなければこうはならなかった。 ゲームな家の死は現実での死――だとしたら彼はもう……いや、でも。 それでも俺は信じていたい。 生きていると。
「……信じていたい。 きっと、生きているって。 だから、キリト君、現実でまた会えたなら、その時は二人でシンタローさんに会いに行こう?」
「ああ……謝らないといけないもんな。」
そう言って微笑む。 ようやく、現実へ戻れるんだ。 そう思うと、懐かしい日々が蘇ってくる気がして。
「――ねぇ、君の名前教えて? 君の本当の名前。」
現実での名前というとなんか変な感じがするが要するに本名だ。
「桐ケ谷……桐ヶ谷和人。 多分先月で16才。」
その名前をつぶやいた途端、止まっていた時間が動き出したようなそんな感じがした。
「私はね、結城明日奈。 17才です。」
微笑みながら答えたその名前を、俺は記憶に刻みつけた。 現実で、また会えるように。
そして、アインクラッドの頂上――紅玉宮が、崩れ落ちて真っ白なひかりが俺たちを包み込む。 薄れ行く意識の中で、聞こえてきたアスナの最後の言葉は、確かに聞こえていた。
「――愛しています。」
俺もだよ、なんて返す暇もなく、意識はそこで途切れていた。
prev / next