最初に攻撃したのはキリトだ。 跳ね返され、後退したキリトの隙を埋めるように今度はシンタローが切りにかかる。 そんな地道な攻撃を繰り返していっても、ヒースクリフの防御が崩れることはない。
システムのオーバーアシスト無しでこれなのだからこの男は本当に強い。 イヤになるほどに。
盾に遮られ、未だに当たらない攻撃にやきもきしつつ、必至にソードスキル発動するのを拒んでいる。 いつもの癖でどうしても発動したくなってしまうのだ。
そして、攻撃を全て防がれている内に、次第に恐怖がせり上がってくる。 それは、いくら攻撃しても防がれているこの状況と、何よりもヒースクリフのこの余裕な笑みが。
「……ッ」
弄ばれている、と。
心配なのは、キリトのことだ。 彼はこういう状態になったら、あの悪い癖が出てきそうで。
「うおおおおおおお!」
そんなキリトの絶叫を聞きながら、俺はキリトと入れ替わるようにヒースクリフに攻撃を仕掛けた。 ソードスキルに頼らずに倒す、というのも凄く難儀だ。 未だに攻撃が当たらない。
徐々に焦りが見えてくる。 キリトもまた表情でそれを語っていた。
「お、おいばか!」
ああ、キリトの悪い癖が出てしまった。
焦ったキリトが出した技、あれは確か二刀流の最高剣技《ジ・イクリプス》だ。 しかし、出してしまった今となってはもうどうしようもない。 あの剣技は確か、25連撃だったはずだ。 俺が出来るのは、25連撃が終わった後のキリトの隙を、どうにかして埋めてあげることだけ。
「――はあああああ!」
ヒースクリフの盾に、虚しく攻撃を撃ちこむしか出来ないキリトを視界に入れながら俺は攻撃する隙を伺う。
キリトの放つ攻撃が止んだその一瞬の隙、それに割り込む影があった。 その影は――アスナだ。
まだ麻痺状態は続いているはずなのに、アスナは真っ直ぐ迷いもなくキリトの方へと走って行く。 本能的に、ヒースクリフの攻撃から彼をかばおうとしているのだろう。 ――でも、彼女を切らせる訳にはいかない。
だって、キリトとアスナは漸く結ばれたのだ。 じれったい雰囲気を周りに醸し出しながらやっと、幸せに向かって歩き始めたんだ。
「(間に合え……!)」
俺は走る。
こうなってしまってはもう、剣で技を受けるなんて余裕もない。 でも、それでも彼らを守りたいと思ったのだ。
俺の命を犠牲にしてもいい。 ただ、守れたら。
ヒースクリフの持つ剣が光を放つ。 真っ直ぐ構え、突き刺すような動き。 アスナはそれに割り込み、キリトを護るように立ちふさがった。
キリトの瞳が絶望を灯した、その数秒後。 アスナとヒースクリフとの間に更に割り込んだのはシンタローだった。
ヒースクリフの瞳が驚き、見開かれる。
ドスッ、と音を立ててシンタローの体を貫いた。
しかし、やられているだけじゃない。 シンタローは、ヒースクリフの剣を掴み、離さない。 抜くことが出来ない剣を掴んでいるヒースクリフ、視界の端に、無くなっていく自身のHPを見ながら、シンタローは叫んだ。
「キリト!! ――やれ!!」
「お、おう!」
返事をしながらキリトは、剣を掴んでヒースクリフの方へと翔けていく。
「うおおおおおお!」
絶叫が響き渡って、そして。
エリュシデータがヒースクリフの体を貫いた。 ヒースクリフの表情が柔らかくなり、ふっと笑う。 満足気に微笑んだ彼は、パアン、と粒子になって消えていった。
《ゲームはクリアされました。 ――ゲームはクリアされました。》
そうアナウンスが響き渡る中、シンタローはどさっと地面倒れた。 ヒースクリフの剣が抜け落ち、カランと落ちたその音で我に返ったキリトは、シンタローの方へと駆け寄る。
「シンタロー!」
「――ったく、ソードスキルは使うなって、いっただろ……」
「い、今回復を――」
「むだ、だ。」
もうシンタローのHPは空で、結晶を使っても無駄だってことはもう誰もが知ってることだ。
慌ててアヤノや、エネ、コノハが駆け寄ってくる。
「シンタロー、いやだよ! 死んじゃやだよ! ねぇ!」
「なんで、なんでよ! 死ぬのは許さないって、言ったじゃない!」
「シンタロー君、死なないでよ!」
体をまとう青い光の意味なんて知りたくなんて無かった。 今まで何回か見てきたのに、それでも信じたくなんて無かった。
「シンタロー!死ぬな!」
キリトの叫びが響き渡る。 そんな叫びを聞きながら、不思議と穏やかな気持ちでシンタローはキリトの顔を見つめた。
死にたくなんて無い、けど。 後悔なんて、していない。 きっと、これでよかったのだ。
「あ、やの……ごめん、な。 愛してる……」
アヤノの方へ顔を向け、綺麗に微笑んでそう呟いたシンタローは、静かに目を閉じた。 その直後、キリトの腕の中にあった彼の重みがふっと消えて、先ほどのヒースクリフの様に、粒子になって消える。
「いやあああああああああああああああ」
アヤノの絶叫が響き渡った。
彼の居なくなった空間に、残されたのは生き残ったプレイヤー達と、黒い翼を持ち赤い瞳を瞬かせてシンタローを探す彼の使い魔である殿だけだった
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