高校生組がSAO入りする話【26】
+bookmark
 シンタローの冴えた指示が飛ぶ。 ボス戦を開始して早一時間半。 モンスターのHPは漸く赤ゾーンまで減らすことが出来た。 ここまでくればもう皆突っ込んで攻撃を与えるだけだ。 それを確認したヒースクリフは叫ぶ。
「全員、突撃!」
 その叫びに、皆気合を入れるように叫びながら敵に突進していく。 皆の息がピッタリと合ったその時。
 パァン――と、音を立ててスカルリーパーは、電子の破片になって消滅した。 辺りに勝利を告げるBGMが鳴り響き、《Congratulations.》とデカデカと文字が浮かぶ。
 それを確認したプレイヤーたちは、力が抜けたように崩れ落ちていき安堵のため息を吐いて一休みをしていた。
「……何人死んだ?」
 寝っ転がりながらクラインが呟く。 キリトはメニュー画面からマップを呼び起こし、数を確認して、その数を告げた。
「――14人死んだ。」
 無表情でキリトが告げる。 その事実は異常なほどハッキリと室内にいた全員に響き渡り、その全員がその数の多さに絶望した。
「おいおい……あと何層あると思ってんだよ……」
 寝転がりながらクラインは呟く。 その通りであり、今は75層、残りは25層もあるのに――。
「俺達本当に頂上に辿り着けるのかよ……」
 エギルもまた、25層もあるという真実に絶望していた。 それは俺も同感だ。 これから先、ボス戦ごとにこんなに多い犠牲者を出していては、頂上にたどり着けるのは極々少数になってしまう。
 そんな時、キリトの雰囲気にシンタローは気づいてしまった。 何かに気づいたような、そして、その見つめる先に居るのはあの男――《ヒースクリフ》だ。
 そろそろ気づくのでは無いかと、シンタローは感じていた。 キリト自身、あのデュエルの最後の異常な速度は解せぬ筈だったからだ。 そしてあのボス戦の後でさえグリーンにとどまっている彼のHPと、当たりの人物を見つめるその視線がきっと他のプレイヤーからは逸脱している。
 そう、あの視線はGM特有のものだ。
「キリト君……?」
 彼は傍らに腰を落とすアスナに目をやり、そしてまたヒースクリフへと目を移す。
 思い立ったが吉日、キリトが行動に出るのは早い。 素早くエリュシデータを握りしめ、音を立てずに全速力で走りだした。 その走りだした先に居たのはヒースクリフである。
 完全なる不意打ちだった。 ヒースクリフは反応ができずに、そして。
「――ッ」
 外れていたら恐らくイエローゾーンへと転落していただろうヒースクリフのHPは減ってはおらず、代わりに表示されていたのは紫の表示。 それに表示して合った文字をみて、キリトは驚きの表情を見せる。
《Immortal Object》所謂、システムに保護され死ぬことのない存在。 そんな表示が出るのはNPCや、ユイのようなカーディナル支配下にあるAI、そして、GMだけだろう。
「キリト君何を――」
 アスナが驚きつつ、キリトに駆け寄る。 そして、表示されている文字をみて驚きを隠せない様子で呟いた。
「システム的不死……どういうことですか団長……?」
 ヒースクリフはアスナの問には答えない。 先ほどの表情は何処へやら、厳しい表情でキリトの方――いや、キリトの後方にいるシンタローの方を向いている。
「此れが伝説の正体さ この男のHPはどうあろうとイエローまで落ちないようプログラムに保護されているのさ。 ――この世界に来てからずっと疑問に思っていた事があった。 アイツは今、どこから世界を観察し、世界を調整しているんだろう、ってな。 でも俺は単純な心理を忘れていたよ。 どんな子供でも知っていることさ。」
 キリトは真っ直ぐ、ヒースクリフを見据え宣言するように言った。
「《他人のやっているRPGを傍から眺めるほど詰まらないものはない。》 ――そうだろう、茅場晶彦。」
 その言葉に、当たりの空気は凍りついたように思えた。 周りの人間はピタリと、フリーズしたように動かない。 いや、恐らく驚きすぎて動けないのだろう。
「団長……本当なんですか?」
 アスナはそんな中、一歩踏み出してヒースクリフの顔を見て言う。 しかし、やはりその問には答えない。
「何故気づいたのか、参考までに教えてもらってもいいかな?」
「最初におかしいと思ったのはあのデュエルの時だ。 最後の一瞬だけ、あんたあまりにも早すぎたよ。」
 その答えに、ヒースクリフは笑う。
「やはりそうか。 あれは私にとっても痛恨事だった。 君の動きに圧倒されてついシステムのオーバーアシストを使ってしまったのだ。」
 そう、あのデュエルがすべての始まりだ。 あのデュエルがあったから俺もヒースクリフの正体に気付けた。
 ふ、と苦笑するヒースクリフはピタリとその表情を変え真面目な表情で告げる。
「確かに私は茅場晶彦だ。 ――付け加えれば、第100層で君たちを待ち受けるはずだった最終ボスでもある。」
「趣味がいいとは言えないぜ。 最強の男が一転、最悪のラスボスか。」
「いいシナリオだとは思わんかね?」
 思わねぇよ、と脳内でツッコミを入れればふとキリトが振り返る。
「――シンタロー、お前知ってたんだろ?」
 そのキリトの言葉に、 辺りの視線は一気にシンタローに集中する。
「シンタロー?」
 傍らに佇むアヤノや、少し離れた位置に居るコノハとエネも驚きに混じった声で自分の名を呼んでいる。
「……。」
 シンタローは、前髪で表情を隠したまま何も答えない。
「何とか言えよ……」
 そう言われても、何を言えばいいのか半ばパニックに陥った頭では何も浮かんでは来ず。
「お前、度々用事だとか言って一人で出かけていっただろ。 ――あれはもしかして、ヒースクリフに会っていたんじゃないのか?」
 そのキリトの言葉に、誰かは呟いた。 ――茅場晶彦と内通していたのか、と。 そんなこと無い、なんて言い返しても無駄だろう。 今のこの状況は、もうどうにもならない。
 何も答えられない俺に、助け舟を出したのはヒースクリフだった。
「――そうだよ。キリト君。 私が彼を呼び出していたのだ。 彼は君よりも早く私の正体を看破してくれたのでね……。」
「やっぱり……」
 キリトは、そう呟いて拳を握った。
「でも――流石にデュエルの後直ぐに正体を看破されるのは困るのでね。」
 ふと笑ったヒースクリフの言葉に、キリトは怒りに満ちた声で叫ぶ。
「お前、シンタローに何をした!」
「――君の想像するとおり、脅していたのだよ。 《言いふらせば、君の命に加え、君の大切な者の命はない》とね。」
 勿論、そんな酷いことは言われてはいない。 しかし、きっとあの時ヒースクリフは俺にそういうつもりだったのだろう。
「なんてことを……」
 アスナ、は信じられないとでも言いたげな表情で呟いていた。
「ついでに言えば、彼の持つユニークスキル《戦闘指揮者》を黙っているように仕向けたのも私だ。」
 まぁ、此れについては真実だが、隠していたのはその前からだ。 ヒースクリフに言われる以前から俺はキリトにこの事を話せずに居た。 なんでか、なんて今となってはもうわからない。
「……ヒースクリフ!」
 憎しみの眼差しだ。 きっとこうなるように、仕向けてくれたのだろう。 全ての憎しみが自分に向くように。
 ヒースクリフはニヤリと笑う。 すると、ヒースクリフの側に倒れこむようにして休んでいた《血盟騎士団》幹部の男が自身の武器であるハルバートを握りしめ、わなわなと震えながら。
「貴様……貴様が……俺達の忠誠――希望を……よくも……よくも――――ッ」
 絶叫しながら、地面を蹴る。 向かう先にいるのはヒースクリフだ。 しかし、ヒースクリフの反応は早く、その攻撃を避け素早くメニュー画面を呼び出して操作をする。 すると、その男はバタリと力を失ったかのように倒れこんだ。
 シンタローとキリトは周りを見回す。 すると、次々に攻略組プレイヤーが倒れていく。 よく見ればあれは麻痺状態だ。
「あ……キリト君……」
 アスナもまた、地面に片膝をつき今にも倒れそうになっていた。 シンタローはアヤノに駆け寄り、抱き起こす。
「大丈夫か?」
「うん……」
 この世界の麻痺状態はある意味チートだ。 麻痺になっただけで攻撃もできなくなるのだから。
「エネ、コノハ――大丈夫か?」
 目線を移し、倒れているエネとコノハにそう問いかける。
「ピンピンしてるわ。」
「大丈夫。」
 その言葉にホッとしながら、シンタローは目線をヒースクリフに向ける。
「ヒースクリフ……」
 俺とキリトだけ麻痺状態にしていないのは何故だろう。 彼は何をやろうとしている? いや、そんなのこの状況下では分かりきっていることだ。
「どうするつもりだ? この場で全員殺して隠ぺいする気か……?」
 キリトはこう問いかけたが、目の前に居るヒースクリフがこんな真似をしないことは十分分かっていた。
「まさか。 そんな理不尽な真似はしないさ。 ――こうなってしまっては致し方ない。 予定を早めて、私は最上階の《紅玉宮》にて君たちの訪れを待つことにするよ。 90層以上の強力なモンスターに対抗し得る力として育ててきた《血盟騎士団》そして、攻略組プレイヤーの諸君を途中で放り出すのは不本意だが、何、君たちの力ならきっとたどり着けるさ。 ――だが、その前に。」
 キリトとシンタローを真っ直ぐに見据え、ヒースクリフは言う。
「シンタロー君、そしてキリト君。 君たちには私の正体を看破した報奨を与えなくてはな。 チャンスをあげよう。 この場で私と2対1で戦うチャンスを。 無論、不死属性は解除する。 私に勝てばゲームはクリアされ、全プレイヤーがこの世界からログアウト出来る。 ……どうかな?」
 その誘いは、魅力的に思えた。 だって、2対1だ。 いくらヒースクリフが最強の男と言われていても、攻略組プレイヤーの中でも強い方であるキリトと俺を相手にするのは辛いはず。
 しかし、2対1というのはある意味賭けでもある。 俺とキリトの息がピッタリ合わなければ、2対1は不利にもなるのだから。
「キリト君……」
 アスナが心配そうにキリトの顔を見上げる。
「……シンタロー、どうする?」
 キリトが俺の顔を見つめ、判断を仰ぐ。 この場合、一度引いてというのがセオリーだ。 これはやり直しの効かないゲーム、負けたら即ち死なのだから。
「もう決めてんだろ?」
「……あぁ。」
「全力で勝ちに行くぞ。 いいか、キリト。 ソードスキルは使うんじゃねぇ。 相手はGM――ソードスキルをデザインした張本人だ。」
 そう、これはソードスキルを使ったら負ける戦いだ。 自分だけの力で、勝ちに行くしか無いだろう。
 顔を見合わせ、立ち上がり武器を手にシンタローが口を開く。
「一つ、お願いがある。」
 真っ直ぐヒースクリフの顔を見つめ、シンタローは呟いた。
「簡単に負けるつもりはねぇ。 ――だけど、もしも俺が負けて死んだら……その時は、ほんのちょっとの間だけでいい。 アヤノを自殺出来ないように計らって欲しい。」
「え……し、シンタロー……何、言って……」
 倒れたままのアヤノが呆然と呟く。 エネも、コノハも、驚くことしか出来なかった。 だって、そんな言い草…まるで、死ぬみたいな。
「すまないが、アスナも頼む。」
「――良かろう。 二人は、セルムブルグから出られないように設定する。」
「ダメだよー!! キリト君!! そんなの……そんなの無いよ!!」
 アスナに至っては、絶叫していた。 アヤノは涙ながらに首を横に振る。
「シンタロー! 死んだりしたら、ゆるさないわよ! ちゃんと、皆で現実に帰るんだよ!」
「シンタロー君!」
 簡単に負けるつもりなどない。 ただ、最悪の場合を考えているだけだ。 もしも自分が死んでも、アヤノは――彼女だけは現実に返さなくちゃ、俺はあの3人に顔向けが出来ない。
「……キリト、行くぞ。」
「ああ!」
 二人は頷きあって、同時に地面を蹴ってヒースクリフの方へと走り出した。
prev / next
△PAGE-TOP
HOME >> NOVEL
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -