安全エリアを出てから早30分、運悪くモンスターの大群に遭遇した俺達は軍の連中の事を心配しつつ、目の前に居るモンスターを倒していた。
最後の1匹を倒したタイミングでクラインは大きめの声で呟く。
「ひょっとしてもうアイテムで帰っちまったんじゃねえ?」
其の可能性もある。 だが、軍のリーダーのあの性格からしてそれは限りなくゼロに近いだろう。
シンタローとキリトは顔を見せ、頷き合い進む。 奥に進んでいく内に、緊張感は増すばかりだ。 この先にはボスの部屋しかない。 だが、一向に軍の連中は見えなかった。 シンタローは嫌な予感が的中するのではないかと感じている。 そんな想いを溜息で吐き出そうとした――その時。
ボス部屋の方から響いてきたのは、紛れも無い悲鳴。 舌打ちをいながら、キリトは剣を握りしめ走り出す。 それに続くようにシンタローとアヤノ・アスナは走り出した。
「おい、キリト!」
クラインが慌てて自分たちの後を追いかけようとしたが、運悪くまたモンスターの大群に囲まれてしまったようだ。
「チッ……」
舌打ちをしながらクラインは、武器を構えた。
クラインたちと一旦別れる形になったキリト達は、全速力でボス部屋の方へと駆けていく。
「バカッ……」
アスナがそう呟いたのがキリトの耳にも届いて、そして目の前に現れたボス部屋の開かれた扉に目をやりながら部屋の中へと目を移す。
「おい大丈夫か!」
キリトが部屋の内部に居る軍の連中に向かって叫んだ。
地獄絵図という言葉がピッタリと似合うボス部屋の光景。
極一部軍の連中のHPは危険域に突入している者も少なくないが、ボスのHPはまだ三割も減っていない。 そんな光景に圧倒されながら、キリトは叫ぶ。
「何をしている! 早く転移結晶を使え!」
「ダメだ……結晶が使えないッ……」
「なっ…」
その言葉にキリトの脳裏に《あの少女》が浮かんだ。 護ることが出来なかった彼女―サチ―の最後のシーン。
「今までボスの部屋にそんなトラップ無かったのに…」
戸惑いがちにアスナは呟く。 その通りだとシンタローは考えた。 今まで色々なボスと対峙してきたが、そのどの部屋でも結晶を使うことは出来た。
「結晶無効化エリア……」
キリトの小さなつぶやきを逃すこと無く耳に入れたシンタローは、彼の浮かべるその表情で昔あった何かと目の前のこの地獄絵図をかぶらせてみているのだと感じた。 そこまで考えて彼が浮かべる光景はただひとつ。
「何を言うか! 我々解放軍に撤退の二文字はありえない! 戦え! 戦うんだ!」
この状況でこの男は何を言っているんだとシンタローは舌打ちをする。 ボス部屋に入った時にひと通り軍の連中の数を数えた時、二人足りなかった。 結晶無効化エリアだとわかった今、ここから離脱する方法はただひとつ、この部屋を足を使って出て行くことのみ。 しかし、リーダーがあんな様子だ、それは出来ない。 ―――となれば、その居ない二人は死んだと考えたほうがいいだろう。
それは大問題だ。 このゲーム内での死は現実世界での死、二人も犠牲者を出しておいて何を今更…。
「馬鹿野郎……」
キリトの其のつぶやきには全面的に同意だ。 馬鹿野郎意外の言葉を俺は彼奴等に掛けられない。
「おい、どうなっているんだ!?」
追い付いてきたクラインたちが、ボス部屋を覗き顔を顰めた。
「この部屋では転移結晶が使えない…俺達が切り込めば退路は開けるんだろうが……」
素早く事態を説明すれば、クラインは更に顔を顰めて再びボス部屋に目をやった。
「何とか出来ないのかよ……」
頭のなかで必至に最善策を探す。 しかし、考え終わる前に最も聞きたくない言葉が室内にいる軍のリーダー…コーバッツから放たれた。
「全員……突撃!」
「やめろっ……!」
そんなキリトの必至の叫びは軍の連中に届くことはない。
このゲーム内で、しかもボス相手にその命令は無謀という他にない。
全員で突撃していっても、ソードスキルが絡みあい混乱するだけであり、だからこそ普段ボスに挑戦するとき、スイッチしたりするのだ。
そんな無謀な攻撃をして、無事ですむはずがない。 ボスの持つ、巨大な剣が誰かに突き立てられ、そいつは高らかに飛んだ。 自分たちの目の前に落ちてきたその男は、先程キリトと話した軍のリーダーと思われる男――コーバッツであった。
「―あり得ない。」
コーバッツは涙を流しながらそう呟き、キリトの目の前でパアンとはじけて消える。
声にならない悲鳴が口から飛び出る。 もう味わいたくなかったこの感覚。
「だめよ……もう……」
アスナの震えた声。 ハッとして彼女を見れば細剣の柄を握りながら震える彼女が居た。
やばい――そう考え彼女の手を握ろうとしたが、時既に遅く。
「だめぇえええええ!」
疾風のごとくボスに突進していってしまった彼女の名前を叫びながらキリトもまた敵に向かっていく。
「……アヤノ!」
「うん!」
顔を見合わせ頷き、シンタローとアヤノも武器を持ちボス部屋に足を踏み入れていった。
「どうにでもなりやがれ!」
そんな叫びが後方から聞こえてきた。 クラインも着いてきてくれているのだろう。
アスナの捨て身の攻撃は敵にさほどダメージを与えることもない。 ボスの巨大な剣をステップで交わしたアスナだったがその巨大な剣の余波で彼女は地面に倒れ込んだ。
「―アスナ!」
キリトは叫び、次に繰り出されるであろうボスの攻撃をどうにかしようと向かっていく。 巨大な剣を振り下ろすボスに、キリトは片手で持っている剣でどうにか軌道をそらそうと足を踏ん張った。
火花を散らし、かすかにそれた剣の軌道に安心するのも忘れアスナに叫ぶ。
「下がれ!」
その鋭い叫びにアスナは隙かさず後ろに下がる。
ボスの巨大な剣とキリトの片手剣《エリュシデータ》が金属音をあげながら交わった。
シンタローはそんなキリトを助けるためにキリトとボスの間に割り込んで攻撃を繰り出した。 それに続くようにアヤノも攻撃を仕掛ける。 彼女が攻撃を仕掛けている間を利用してシンタローは小声で自分にいう。
「……キリト、アレを使え。 時間は俺が何とかして稼ぐから。」
「でも……」
「もう、失うのは嫌なんだろ? だったら何を迷う必要があるんだ?」
そう自分に言うシンタローはやはり自分よりも年上なのだと実感させられる。
「……わかった。」
俺の其の答えに微笑みながらシンタローは背を向けた。
「アヤノ、アスナ、クライン! 俺達で何とか10秒持ちこたえるぞ!」
「あ、ああ!」
「わかった!」
シンタローとアヤノ・クラインは武器を持って敵に向かっていく。 俺は、少し後ろに下がり、ウインドウを慎重に操作した。
此処から先はただ一つの間違いですら命取りだ。 ミスなど、出来ない。
「よし、もういいぞ!」
そのキリトの叫びを聴いた三人は互いに頷いて下がる。 それを確認したキリトはすれ違いざま、シンタローと目で会話をしながら敵に向かっていく。
「スターバースト……ストリーム……」
小さなキリトの呟きの後、彼の背中に新たな重みが加わる。 それを確認したキリトは背中からもう一本剣を抜き、構えた。
刀がイエローにひかり、ソードスキル発動する。
「な、何だあのスキルは…」
クラインが唖然とした様子で呟く。 無理はない、あれはキリトにのみ与えられたスキルだから。
「あれが《二刀流》……」
「……なんか言ったか?」
今まで一緒に戦ってきてわかったことがある。 それは彼―キリトのあの反応速度だ。 恐らくプレイヤーで一番なのではないだろうか。 だとしたら、彼のあのスキルの条件は《反応速度》といことなのだろうか。
「……いや、なんでもない。」
此処から先はキリトの口から語られるべきことだ。 俺が言うべきことではない。
はっとして、シンタローはキリトの援護に向かう。 彼のHPが危険ゾーンに突入しているからだ。 未だに彼の《スターバーストストリーム》は発動している最中なため、やれることなどたかが知れているが。
シンタローは素早く後ろに回りこんで、キリトのいる反対方向から攻撃を仕掛ける。
リーチが長いボスの巨大な剣、そしてブレスによってじわじわと削られるキリトをチラチラ気にしながら攻撃する。 自分のHPもじわじわと削られているのが分かるが、今はそんなことに気を取られている暇はない。 何とかしてコイツを倒さなければ。
「キリト君!」
「シンタロー!」
アスナとアヤノが同時に叫んだその瞬間、フロアボスは青い欠片になって飛び散っていく。
「終わった……のか……?」
そんな他人ごとみたいなつぶやきをキリトは言いながら、2つの剣を振り払い背中に収め、シンタローもまた剣を腰にしまい、そして。
二人同時に倒れこんだ。
意識はそこでふと、途切れた。
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