高校生組がSAO入りする話【11】
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 手練が増えれば、戦闘は安定する。
 身をもって体験したのは間違いなく今回の冒険だとキリトは思う。 いつもシンタローと二人で迷宮区での戦闘に明け暮れているせいか、中々こういう安全な戦闘というものを体験したことは少ないのだ。
 思えば、ここにいる自分を含める4人は皆、二つ名があるトッププレイヤー揃いだ。
 《黒の剣士》、《赤の剣士》、《茜色の槍使い》、《閃光》。 まぁ、よくもこんな恥ずかしい二つ名を考えてくれたものだと思う。
 敵のモンスターが放つ《バーチカル・スクエア》は、4連続の剣技だ。 アスナは其の全てを華麗なステップで避け、8連撃の剣技《スター・スプラッシュ》をお見舞いする。 記憶では、アスナが今はなった技は上級剣技だ。 目の前で繰り広げられている戦闘は、完成度が高く、スキルの構成もよく考えられていて無駄が限りなく少ない。 さすが閃光と呼ばれているだけのことはある。
「キリト君、スイッチ行くよ!」
「お、おう!」
 アスナの言葉に、俺は現実へと思考を戻し愛剣《エリュシデータ》を握りしめた。
 素早く《スイッチ》し、俺は先ほどモンスターも使っていた技である《バーチカル・スクエア》を放った。 全て敵にヒットし、敵のHPを大きく減らす。 そして次に俺が勝負を決めるために出したのは片手剣の他に体術スキルもなければ使えない《メテオブレイク》。 強い攻撃を繰り出しつつ、隙をタックルで埋めるという珍しい技だ。
 最後の一撃を食らわせたと同時に、モンスターはポリゴンとなって消えていく。
「やった!」
 愛剣を鞘にしまったタイミングで、アスナは俺の背中をバシンッと叩いた。 ちらりと、後方を見ればシンタローとアヤノのコンビも戦闘を終えたようだ。
「あっちも終わったみたいだな。」
 一息つきながら、シンタローとアヤノはこちらへ近づいてくる。 軽くハイタッチしながら、先を急ぎ進んでいった先。
 いかにもなにかいそうな厳つい扉が目の前に広がる。
「キリト君……これって……」
 アスナが縋るようにキリトの黒いコートを掴みながら不安げに呟く。
「ボスの部屋……だろうな。 なぁ、シンタロー、どうする?」
 判断を仰ぐようなキリトの目に、シンタローは扉を見上げる。
「……ボスの顔くらい見なくちゃ作戦も立てられねぇよな。」
 アスナの真似をしてかアヤノがシンタローのコートの裾を掴んで言った。
「覗くだけ、覗いてみる?」
「……ボスは、守護する部屋から絶対に出ない。 だから覗くだけなら、大丈夫だ。」
「奥には入らずに入口付近で様子見だな。」
 彼女の問に答えるようにシンタローとキリトが答え、アスナとアヤノは真剣な面持ちでボス部屋の扉を見上げる。
「一応転移結晶を用意しておいてくれ。」
 キリトの其の真剣な言葉に頷き、回復結晶を手に持つ。 右手で武器を握り、そして。
 大きな扉は、4人の力によって押され、その後は自動ドアのごとく独りでに開いた。 その先に広がっていたのは、暗いボス部屋の内部。
 細心の注意を払いながら、4人は少し前に進んであたりを警戒するが相変わらず部屋は暗く静かなまま。
「……?」
 一向に姿を表さないボスに痺れを切らしたのか、キリトはもう一歩前に出ていく。
「ちょっとキリト君……」
「大丈夫だよ、奥には入らないから。」
 そんな他愛もない話をしていた――その時。
ボス部屋内の証明が一気に点灯し、急に視界が開けた。 余りに突然の出来事で硬直する俺たちを他所に、シンタローは目の前に立ちすくむ巨大なあるものから目が離せない。
「おい、アヤノ、キリト、アスナ。 ――逃げるぞ。」
 鍛えあげられたアスリートのような立派な筋肉、見上げるほどに高い身長、頭に生えた立派な角、深い青色な肌。 頭だけ見れば、ヤギっぽいその悪魔は真っ直ぐ俺たちを見下ろしていた。
 鋭いモンスターの鳴き声がボス部屋内に響き渡ったその声に、みっともなく悲鳴をあげながら4人は走って逃げる。
 そこからは一気に走りぬけ、休憩スペースまで逃げてきたキリトたちは柱に背をもたれながら座る。
「あれは苦労しそうだね……」
 未だに荒い息を整えつつアスナは呟いた。 それに続くようにシンタローもまた口を開く。
「ああ……ぱっと見、武器は大型剣だけだけど、特殊攻撃ありだろうな……」
「前衛に堅い人を集めてどんどんスイッチしていくしか方法はなさそうだ……」
 溜息をつきつつキリトは呟いた。
「盾装備の人が10人は欲しいよ……」
 ダメージディーラーな自分たちでだけではあのボスは倒せないだろうと、アヤノは考えながら呟いた。
「……盾装備、ねぇ。」
「アスナ?」
「ねえ、気になっていた事があるんだけど、キリト君聴いてもいい?」
「……なんだ?」
「貴方、何か隠しているでしょう。 だっておかしいもの。 普通片手剣の最大のメリットって盾を持てることじゃない? でもキリト君が……シンタローさんもだけど、盾持ってる所見たことがない。 私はレイピアのスピードが落ちるからだし、スタイル優先でもたないって人もいるけど……あやしいなぁ。」
 そう一気に言ったアスナはキリトの瞳をマジマジと見つめる。
 ハッキリ言って図星だったし、昨日の今日で、しかも昨日シンタローにバレた同じ場所でアスナにも…
「……まぁ、いいわ。 スキルの詮索はマナー違反だものね。 あっ、もう3時!? 遅くなっちゃったけどお昼にしましょうか。」
 そう言うとアスナはメニューを操作し、お弁当を取り出した。
「えっ!?」
「あ、俺も作ってきた。」
「シンタローも!?」
「メッセージでアスナと相談して、分担することにしたんだ。」
 シンタローもまた、メニューを呼び出し弁当を取り出す。 出てきた弁当を、アスナのそれと並べてタイミングを合わせて蓋を取る。
「お、美味しそう……」
 アヤノはその弁当の中身を見ながら感心したように声を漏らす。 キリトは、目を輝かせてその弁当を見つめている。 現実なら絶対によだれが垂れていたことだろう。
「めしあがれ。」
 二人で声を合わせてこうつぶやくと、キリトとアヤノは弁当に手を伸ばす。 そして、手にとったそれを口元に運んで大きな口をあけてパクリと噛み付いた。
「う、うまい……」
 そう呟いたのは、今までずっと黙りこんでいたキリトである。
「で、でもこの味一体どうやって……」
 こんな味の料理、SAOに来てから食べたことがない。 そう、これは、現実で食べるそれと近いと感じた。
「一年の修行と研鑽の成果よ。 シンタローさんにも手伝ってもらってやっと完成したの。 アインクラッドで手に入る約百種類の調味料が味覚再生エンジンに与えるパラメータを全部解析したんだから!」
 得意げな顔でアスナが語ったのは、あっけにとられる真実だった。
 それが真実だとしたなら、彼女は――いや、アスナとシンタローは凄く頑張ったのだろう。 素直にすごいと感じる。
「こっちがグログワの種とシュブルの葉とカリム水。」
 そう呟いて、アスナは弁当と共に持ってきた二つの瓶のうち、片方の蓋を開けて、アヤノとキリトの手のひらの上にそれを載せる。 キリトとアヤノはそれを口の中に放り込んで、そして口の中に広がった味はまるで。
「……マヨネーズだ!」
 二人揃って叫ぶ。 そんな様子をシンタローと一緒に笑いながら、もう一つの瓶の蓋を開けた。
「で、こっちがアビルパ豆とサグの葉とウーラフィッシュの骨。」
 あれ、最後のって解毒用ポーションの材料じゃなかったっけ――なんて考える余裕もなしに、手のひらに載せられた液体を口に運ぶ。
「こ、この懐かしい味は……醤油!?」
 この世界に来てからというもの、醤油やマヨネーズとは無縁となってしまったためこれは実質1年ちょいぶりの感覚だった。
「さっきのサンドイッチのソースはこれで作ったんだよ。」
 笑いながらシンタローは呟く。 二人で結構頑張りながら作ったものが認められて本当に良かった。
「さっすがシンタローとアスナだね……マヨネーズと醤油なんて久しぶりだよー感動した!」
 アヤノは笑顔で、シンタローとアスナにお礼を言った。 こんな想いをしたのは久しぶりだったから。
「気に入ってくれたようでよかったわ。」
「まっ、また作ってくれ!」
「……気が向いたらね。」
 意地汚いキリトに溜息を吐きつつ、アスナはちょっぴり顔を赤くしながら呟いた、そんな時。
 下層側の入り口からガチャガチャと鎧の音をたてながら入ってくる複数の影があった。
「よぉ! 久しぶりだなぁ!」
 そんな事をいいながらこちらに走ってくる影は、見間違えでなければ。
「まだ生きてたかクライン。」
 隣にいるキリトがそんな言葉を相手にかける。 ――そう、やってきたのはクライン率いるギルド《風林火山》のメンバーたちだったのだ。
「相変わらず愛想のねぇ野郎だなぁお前ら。」
「えっ俺も?」
「ったりめーだ。 シンタロー、最初から比べて随分感情を表に出すようになったとは言え、俺に対しては結構冷てーんだよ。」
「そ、そういうつもりは……無いんだけど。」
 しょんぼりとした様子で下を向いたシンタロー、隙かさずアヤノは声を上げた。
「ちょっとクラインさん! シンタローを虐めるのはやめてください。」
「ち、違うってアヤノちゃん!誤解だ!」
 慌ててクラインがアヤノに説明する。 アヤノはそれを聴いて笑った。
「でも、本当に良かった。 ――あのシンタローが、こんないい人達に囲まれて笑顔で居られてる。 嘘みたい。」
 少し前までは考えられなかった。 こうして彼の隣で笑っていられるこの現実も、シンタローに気が許せて、頼れる仲間がいる事も、全部。
 頭が良いという理由だけで、家族ともうまくコミュニケーション取れずにすれ違い続けた彼が、学校で酷い扱いを受けていた彼が、こうして今、笑っているのだ。
「シンタローは、独りじゃなかったんだね。」
 ずっと、2年もの間私は彼を独りにしてしまった。 でも、その間も決して独りではなかったんだ。 今は会えないけれど、メカクシ団がいつも彼のそばに居てくれた。 彼にちゃんと向き合って、接してくれた。
「私、SAOにログインして後悔したけど……でも、今ならハッキリ言える。 ……私はこの世界に来て、アスナに出会えて、キリト君と出会えて、クラインさんに出会えて……皆に出会えてよかった。 ――だって、みんなは私の欲しいものをくれたんだもん。」
 そんなアヤノのつぶやきを聞いていたのは恐らくクラインだけだろう。 脳内で、若いのに苦労してきたんだろうなと同情しつつ、視線をキリトと会話しているシンタローに向けた。
「……キリトの野郎も、シンタローに出会って変わったんだぜ? あんなに危なっかしかったアイツが、人との接触を拒んできたアイツが……シンタローのおかげで変われた。 アスナちゃんに出会えたことで、笑顔が増えた。 アヤノちゃんと出会えたことで、違う楽しさに出会えた。」
 何故、人との接触を拒んできたのか、という質問は出来なかった。 きっと、私が知らない何かが合ったのだろう 彼にも。
「……みんな、この世界に来て少なからず変わったんだ。」
「だからこそ、私ははっきりと言える。 ――現実に帰りたい。」
「そうだな、アヤノちゃん。」
 クラインとアヤノのそんな会話が終わった時、下層側の入り口からまた人が入ってくる気配がした。
「あれは……」
 厳つい甲冑、等間隔に並んで歩いているその様はまるで”軍”だ。
「……なんで、軍がこんなところに。」
 第一層を支配する巨大ギルドが何故こんな場所にいるのだろう。 だって彼らは――
「確か、25層のボス戦で大きな被害が出てから前線に来なくなったわよね?」
「ああ。 クリアよりも組織強化になったってきいた。」
 アスナの言葉に肯定したのはシンタローだった。 彼は、話でしか軍を知らないが彼らの1層でやっている悪逆非道とも取れる恐喝紛いの行為には胸をいためていたのだ。
 軍の奴等は、安全エリアに入ると隊長らしき人物の休めという言葉に崩れ落ちる。 相当疲弊していることが見て取れた。
「私はアインクラッド解放軍所属、コーバッツ中佐だ。」
 この言葉にシンタローは笑いそうになるのを必死に堪えることしか出来なかった。 元々軍という呼称は外部の者が言い出したものでしか無い。 軍には別の正式な名前があるのだ。 何かは忘れたけれど。 それに加えて《中佐》ときた。
 相手が挨拶してきたのにこちらが返さないのは無礼だと想い、一人ひとり挨拶をしていく。 すると、コーバッツと名乗ったプレイヤーは傲慢な態度を崩すこと無くキリトに問いかける。
「君らはもうこの先も攻略してあるのか?」
「……ああ。 ボス部屋の手前まではマッピングしてある。」
「うむ。 では、そのマップデータを提供してもらいたい。」
 その言葉にはさすがのシンタローも声を荒げるしか出来ない。
「は? 無償でか? ふざけんな。」
「てめぇ、マッピングする苦労が分かっていってんのか!?」
 シンタローの言葉に続けて声を荒げたのはクラインだ。 彼の言うことは最もだ。 苦労して攻略してきたのに、それを無償でいま来た人物に提供しろなどふざけているとしか思えない。
 しかしそんな言葉も、彼らにとってはとるに足らないものだった。 傲慢な態度を更に加速させたコーバッツは高らかに宣言するように告げる。
「我々は君ら一般プレイヤーを開放するために戦っている! 諸君が協力するのは当然の義務である!」
 はぁ?と、声を上げそうになった。 いやいやお前ら最近攻略のために戦ってなかっただろうが。 なんて言葉にできず、シンタローは呆れることしか出来ない。
「ちょっと貴方ねぇ……」
 アスナは呆れ混じりの声でコーバッツに詰め寄った。 しかし、その行動はキリトによって遮られる事となる。
「どうせ町にいったら公開しようと思っていたデータだ。 構わないさ。 ……シンタローもそれでいいか?」
「お前がいいながら俺は別に。」
 お人好しすぎると、シンタローは顔でキリトに言う。 肝心の彼は、それを苦笑いで受け止めた。
「そうか、すまないな。」
 そうつぶやくと、キリトはメニューを呼び出した。
「おいおい、そりゃ人が好すぎるぜキリト!」
「マップデータで商売する気はないよ。」
 それには俺も同感だった。 しかし、軍のあまりにも自分勝手な物言いには腹が立つ。
 マップデータがキリトから渡されたコーバッツは、感情を伴わない声で短く淡々と告げる。
「協力感謝する。」
 心にもないことを、とはこのことだろうとシンタローは呆れた。 コーバッツは身を翻し、部下たちの元へと歩いて行く。 はっとしたようにキリトはコーバッツの背中に向かって叫んだ。
「ボスにちょっかいだす気ならやめたほうがいいぜ。」
「……それは私が判断する。」
「さっきちょっとボス部屋を覗いてきたけど、生半可な人数でどうこうなる相手じゃない! 仲間も消耗しているみたいじゃないか!」
「私の部下はこの程度で音を上げるような軟弱者ではない!」
 部下、とコーバッツは言い切った。 肝心の部下たちはその言葉に同意しているようには見えない。
「貴様らさっさと立て!」
 急かすようなコーバッツの声にのろのろと立ち上がった部下達は、重そうな音をたてながら再び並び、安全エリアから出て行く。
 足音が聞こえなくなった頃、クラインが心配そうに呟く。
「大丈夫なのかよ、あの連中……」
 其の言葉に、騒動を見守っていたアヤノが口を開いた。
「いくらなんでもぶっつけ本番でボスに挑んだりはしないと思うけど……」
 普通、ボス攻略は偵察に偵察を重ねた上で挑むものなのだ。 しかも、攻略の際は、複数のギルド合同でやることが多く、とてもあの人数でクリアできるものではない。
「一応、様子だけでも見に行ってみる?」
 そのアスナの提案に、その場に居た全員が肯定を示した。 その様子に、キリトはぼそっと呟く。
「どっちがお人好しなんだか……」
 いうなり、キリトは身を翻して軍が消えた方向へと歩いて行く。 シンタローは其の後ろを慌てて追いかけていき、アヤノとアスナがそれに続こうとした時、ふとクラインが呼び止めた。
「あ、あのーアスナちゃん、アヤノちゃん。 ……こんなこと俺から言うのもあれだけどさ……シンタローとキリトのことよろしく頼みます!」
 そのクラインの言葉に二人は顔を見合わせ、そして笑顔で声を揃えて宣言する。
「はい。 任されました!」
 其の笑顔は、やはり美少女と呼ばれるだけのことはある。 思わず顔を赤らめながらクラインはキリトとシンタローの後を追いかけた。
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