高校生組がSAO入りする話【08】
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 翌日、シンタローはキリトと共に例のダンジョンの前に来ていた。
知らないプレイヤーだらけの現場にシンタローは、フードを深くかぶりキリトの後ろにサッと隠れる。
「おいおい……」
 そんなシンタローを呆れ気味に見ながら、キリトは辺りを見回す。 見知った連中の顔を見つけるとシンタローを引きずり、駆け寄った。
「シンタローおはよー!」
 アヤノは真っ先にシンタローに駆け寄り、笑顔を向ける。 するとシンタローも漸く俺から離れ、アヤノに挨拶を返す。
「おはよ、アヤノ。」
 アヤノは今日アスナとパーティを組んで挑むのだとそう得意気に話すアヤノの手には、《赤い槍―LITTLE TEAR―》がキラリと光を放っている。
 LITTLETEAR、日本語に訳すと小さな涙。 全体的に赤い槍なのに何故この名前なのか、そう考えた時にふと目に入った小さな青い涙のような宝石に目を奪われそして、納得する。
 まったくゲームマスターも粋な名前を考えるものだ。
「アヤノ、その槍ってモンスタードロップなのか?」
「あ?これ? いや、違うよ。 これはプレイヤーメイド。 服もね。」
「へぇ……かっこいいな。」
「そうでしょ? 気に入ってるんだ!」
 赤が好きなアヤノらしい装備だと、シンタローは微笑む。
「アヤノらしいな。 似合ってるよ。」
「ほ、本当!?」
 驚くほど素直に感想を口にしてしまった後で、シンタローは恥ずかしさから目を背ける。
 そんな二人の惚気を尻目にキリトとアスナは笑いあった。
「あの二人、本当に仲いいんだな……」
「本当だね……」
 内心羨ましいと思いつつ、アスナはキリトの横顔をちらりと見つめて顔を赤くする。 やはりキリトはかっこいい、と内心で呟きながら。
「ほらアヤノ、もうすぐ約束の時間だから。」
「あ、そうだね!」
 シンタローに手をふり、アヤノはアスナのもとへと慌てて走って行く。
 ダンジョン内は前来たプレイヤー曰く、全然違う構造らしい。 やはりこのダンジョンはゲームオーバーする度に中の構造が入れ替わる仕掛けなのだろう。
 しかし、話に聞けば完全に別物ではないようで、ところどころ見覚えのある道もあるらしいことから、きっとこのダンジョンの内部はブロック分けされていてそのブロックがランダムに入れ替わる――そう、35層の迷いの森みたいな構造だ。
 しかし、ダンジョン内で出てくるモンスターはこの層にしてはレベルが高いような気がする。 ――恐らくこの層よりもずっと上のレベルだ。 今まで死者が出なかったからよかったものの、出てもおかしくないレベルであろう。
「――強いな。」
 キリトがモンスターを撃破した後にシンタローは小声で呟く。
「恐らくこのダンジョン内のモンスターは最前線レベルだ。 そんなレベルのモンスターがここに出てくるということは、このダンジョンはフロア解放状況に応じて出てくるものなんだろうな。 だから最近になって話題に上がり始めたんだ。」
「なるほどな……」
「だから、そのロックがかかっていた部屋には最前線レベルのボスが出てくることが予想される。 ――気を抜かずにいかなきゃ、死ぬ。」
「……あぁ。」
 キリトはシンタローの言葉に頷き、周りに居た連中に注意をする。 最前線レベルのボス、きっと苦戦するだろうからだ。
「シンタロー、ここ……」
 ダンジョンの奥深く、一際目立ついかにもな大きい扉の前で一同は立ち止まる。
 そのドアの前に浮かび上がっているウインドウが恐らくエギルが言っていたパズル。 エギルの話通り、3×3のマスに1~8の数字がランダムに入っていて、1マスだけ開いていた。
 これを10秒以内に1~8に並べ替えなければ、また最初からやり直し――ということだろう。
「解けそうか?」
 心配そうにエギルがシンタローに問いかけた。
「ああ。 大丈夫だ、俺に任せてくれ。」
 そんなに難しいパズルではない。
 ただ、10秒というカウントダウンのせいでパニックになりゲームオーバーになるというだけの話だ。 触れなければそのカウントダウンは開始されないし、見るだけならば問題はない。 考える時間はそれこそ無限に近いのだから楽勝だ。 時間短縮のために指二本で並べ替えれば5秒位で行けるだろう。
 じっとパズルを見つめるシンタローを、見守る一同。 彼がパズルを解かなければここまで来た意味が無くなるというのだから、当たり前だろう。
「――――よし。」
 そう呟いたシンタローは、迷いなくパズルに触れた。
 警告音が響き渡り、そして。
《10秒カウントします。 10秒カウントします。》
 無機質な声が辺りに響きわたった―そのわずか4秒後。 そのカウントは6を示したまま動かなくなった。
 その場に居た人間でさえ、何が起きたのか理解できなくてぽかんと立ち尽くす。
「嘘だろ……たった……4秒で……」
「すごい……」
 エギルもクラインも、その凄さにぽかんとせざるを得なかった。 まさかゲームマスターも4秒でクリアされるとは思わなかっただろう。 ロック解除されたのにもかかわらず、扉が開いたのは10秒以上経った頃で、その間空間には静寂が流れていた。
「――開くぞ。」
 冷静にシンタローは、辺りに居たぽかんとしているメンバーをその言葉で現実に戻す。
「あ、あぁ!」
 シンタローの凄さに圧倒されていた一同は、武器を握り意を決したように部屋に入っていく。
 そこには、黒い翼の龍がその後ろにある真っ赤な箱を守るように居座っていた。
 数秒経ち、龍のHPバーが表示された頃シンタローは叫ぶ。
「固まるな!」
 《ニーズヘッグ》
名前だけは知っていた。 何故か、と聞かれれば前にチラリと読んだ幻獣図鑑に書いてあったからとしか言いようがない、が。
 でも、名前だけ知っていたとしてもこの状況を打破する事はできない。
見たところ、武器は持っていないが爪やしっぽの類でこちらを攻撃してくるだろう。 ブレスもありそうだ。
 普通この場合、前衛に固い装備もちのプレイヤーを配置するのが主流だが、急ごしらえな今のメンバーで防御力が高いプレイヤーなんて片手で数えるほどしか居ない。 だとしたら、だ。
 今自分たちが出来る事は、簡単なことで。
「――キリトッ、俺とお前で攻撃を全力で止めるぞ! 皆はその隙に攻撃をしてくれ!」
 どんなに強いやつでも、攻撃の後には僅かな隙が生まれる。 そして、その隙を埋めるためのものがこの世界で言うスイッチ。 だが、これはプレイヤーに当てはまるものだ。 スイッチなんて複雑な動きをこの龍が出来るなんてことはないはず。
 第一、スイッチする相手も居ない。
 スイッチが出来ないとなれば、攻撃の後に出来る隙はどうしようもなく埋められないもの。 だとしたら、攻撃するにはその隙を狙うしか方法は無い。
 後には引けないこの状況下で、新しい援軍など来るわけがないこの状況で、皆が恐怖に怯えて我を忘れるなんてことがあれば全滅だってありうる。
 だが、自分も――そしてここにいる皆もこんな薄暗いダンジョンで死にたくはないし其のつもりもないだろう。
 だって、この世界で俺たちは現実を生きるために今を生きているのだから。
「俺達なら、倒せる!」
 そのシンタローの叫びに、皆頷きそうしてボス戦が始まる。 キリトとともに攻撃を止めながら、僅かな隙を突いて攻撃を仕掛けていく。 ジワジワとHPを削る他に方法は無いため、ボス戦は根気がいるものだと本当に思う。
 一体何分の間そうやって攻撃を続けていたのか、自分には分からないが―恐らく、1時間は超えていただろう。 そうしてやっと、ポリゴンとなって消えていったモンスターに、安堵感から崩れ落ちるメンバーをキリトはマップで確認する。 誰一人として死んでいないことを確認した―そんなときだった。
 ふと、ポリゴンとなって消えていったあの黒い龍がいたところを見たキリトの視界には妙なものが写り込んでいる。
「……なんだ、あれ。」
 ボス部屋を照らしていた明かりが消え、薄暗くなった為に余計に見づらくなったその黒い小さな物体は一体何だ。
「なっ――」
 その正体を見破った時既に遅し。 それは、まっすぐにシンタローの方へと向かっていた。 反射的に危ないと叫びそうになったキリトは、その向かっていっているモノの大きさを見て口をつぐむ。
 すると――
「えっ、ええ?」
 混乱するシンタローをよそに、その黒い物体――いや、見間違えもないだろう先ほどまで自分が戦っていた《ニーズヘッグ》のミニチュア版の龍は、嬉しそうな表情でシンタローの懐に飛び込む。
「く、くすぐったっ……」
 そのなつきようと言ったら、シリカとピナを思わせるもので。 キリトは嫌でも納得せざるを得ない。
「テイミング……」
「え、でもテイミングって、餌とかあげてするものじゃないの? シンタローさん、餌とかあげた様子なかったじゃない。」
 その通りであり、キリトもシンタローがあのちびっちゃい黒い龍に餌をあげるのを見たわけじゃない。 だったら、何故あの黒い龍は彼に懐いているのだろう。
「と、とりあえずシンタロー、其の龍に名前つけてあげたら?」
「名前?」
「だって、いつまでも黒い龍とかそんな呼び名じゃ可哀想だよ。」
「……名前、か。」
 そう呟いた瞬間、俺の前にいる小さい黒い龍は、瞳を輝かせた。 まるで自分が今から考える龍の名前を、期待しているかのようなそんな瞳で。
 そんな目の前の龍を見て思い出したのは、現実で自分が飼っているウサギ、殿という名前のアイツもまた俺のことを慕ってくれていた。 俺が部屋に入るやいなや、嬉しそうに俺の顔を見つめてくるのだ。
「うーん、悩むな……」
 やばい、殿の事を思い出したら名前が殿しか考えられなくなってきた。
「……殿。」
「え?」
 何かをぼそっと呟いたのが聞こえたのかキリトが、聞き返す。
「コイツの名前、殿……にしようかな。」
「あれ、殿ってシンタローが飼ってるうさぎの名前だよね?」
 殿という言葉が聞こえたのかアヤノが黒い龍を見つめながら、シンタローに言った。
「なんか、雰囲気がアイツと似てる……」
 当の本人と言えば、シンタローの考えた《殿》という名前が気に入ったのか、シンタローに擦り寄ってとても幸せそうな顔をしている。
「殿、ねぇ。 シンタローのネーミングセンスはちょっと変わってるな。」
「へ、変か?」
「いや、いいと思う。」
 とてもシンタローらしい名前だし、当の本人も気に入っている様子なのであえて何も言わなかった。
「あれ、そういえばあの箱……なんだろ。」
 アヤノはボスが守っていた箱に駆け寄り、箱に手を触れた。 その瞬間、出てきたウインドウには、《この部屋のロックを解除した者に、これを与えん。》と、描いてある。 そう、この箱はシンタローにしか開けられないのだ。
「ねぇ、この箱はシンタローじゃないと開けられないみたいだよ?」
「……は?」
 間抜けな声を上げたシンタローを尻目にキリトは呟く。
「なるほどな、あのロックはこのアイテムを持つやつを選ぶための物だったのか……」
そんなキリトのつぶやきを聞きながら、シンタローは控えめにその箱を開ける。 開けた瞬間に光が漏れたその箱の中に入っていたものは、片手用の直剣。 
 剣の名前は、《 FlameDear―愛しい者を守る炎―》その真っ赤な刃で闇を断ち切る刃だ。
「シンタローにぴったりな色だな。」
 愛剣をしまいながらキリトはシンタローの剣をまじまじと見つめそう呟く。
「で、でも皆でボス倒したのに俺だけ……」
「確かにボスは皆で倒したけどさ、冴えた指示を皆に与えて俺たちを勝利に導いてくれたのはシンタローだろ?」
 戦闘の最中、鋭い指示を持って勝利に導いてくれた立役者は紛れもないシンタローで、それはこの場にいる全員が思っていることだ。 そのキリトの言葉にボス部屋に居たメンバーは微笑みながら頷いてくれる。
「カッコ良かったよ! シンタロー!」
 アヤノが微笑みながらこちらを見つめるその視線が嬉しくて、皆に認めてもらえたことが嬉しくて、そうしてシンタローは微笑んだ。
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