高校生組がSAO入りする話【07】
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 それから1時間後、再びエギルのお店の二階に集まった。 その先には、とても美味しそうな食事が並んでいるテーブルがあり、その側でシンタローとアスナが笑顔で立っている。
「お、おお……」
 机に並んだ食事の数々に、キリトを含める全員が感嘆の声をあげた。
「さあさ、皆座って。」
 アスナの言葉に皆席に付き、目の前に並ぶ食事にごくりとつばを飲む。 その様子に、アスナとシンタローは顔を見合わせて笑った。
「食べていいぞ?」
「じゃ、じゃあ……いただきます。」
 その言葉を合図としたように、一同は食事に口をつける。 そして揃いも揃って呟いたのは、美味しいという言葉だ。
「良かった……」
 安心したようにシンタローは呟き、そしてまた微笑む。 アヤノはそんなシンタローの様子にホッとしたように、彼の作った食事を口に運ぶ。
「本当に美味しいよシンタロー!」
 アヤノの笑顔に、また笑うシンタローは輝いて見えて我が旦那さんながらとてもかっこいいとアヤノは食事を食べながら思う。
 中身で盛大にノロケるアヤノを尻目に、アスナは真剣に食べているキリトから目が離せない。 キリトはアスナが思うに、食べている時が一番輝いていると思うのだ。
 子供のようで本当に可愛い。
「……ごちそうさま。 シンタロー、アスナ。 食後で何だが、ちょっと出かけている時にちらっと話しに聞いたダンジョンの話をしていいか?」
「ダンジョン?」
 シンタローが開いている席に座りながら口にした。
「ああ。 攻略には直接関係ないんだが、レアアイテムがあるっていうダンジョンがあるんだってさっき小耳に挟んでな。」
「……へぇ、そういうダンジョンがあるのね。」
「問題はダンジョンのボス部屋にロックがかかっている事なんだ。」
「ロック?」
「ああ。 そのロックがまたまた意味不明で、9個のマスがあって、1つ空いている。 その他のマスには1〜8の数字がランダムに入っているっていうんだが、問題らしい文章もなければ説明もないから詰んでいるらしい。」
「なにそれ……」
「しかもそのロックに触れると10秒カウントされて、0になると所謂ゲームオーバー。 入り口からやり直しで、しかもゲームオーバーになる度に中の構造が入れ替わるという鬼畜仕様だ。」
 エギルのその呆れたような呟きに、アスナはいみが分からないとでも言いたげに首を傾げる。 シンタローは無表情で考え込んでいる様子だ。
「それ、シンタローなら解けるよ!」
 そんな静かな室内で響き渡ったのは、アヤノの声。
「へっ?」
 いきなり響いたアヤノの声にシンタローはビックリしてマヌケな声をあげた。
「だって、シンタローは頭が良いもん!」
 またお前は要らんことを大声で叫びやがって、とシンタローはため息をつく。 当の本人であるアヤノは自分の言葉に付け足すように、また嬉々と呟く。
「テストはいつも5教科満点! IQ168もあるんだよ!」
「……もう、やめろ。」
 アヤノの口を強引に手で塞いだシンタローの顔は真っ赤で、とても恥ずかしそうだ。
「す、すごい……!」
 呆然としていた一同、静かな部屋で一番初めに声を発したのはキリトで、彼は純粋にシンタローをすごいと思ってくれているようでアヤノは人知れずに安心する。
「シンタローさん、すごい人だったのね……」
「べ、別に…満点ばっかり取ると逆に……その、気持ち悪い……だろ?」
「なんで?」
 しかし現実は案外捨てたもんじゃない。 アスナはシンタローの言葉に心の底からの疑問符を上げる。
「……だって、皆そうだったから。」
「シンタローさんはただ頭が良いだけの普通の男の子じゃない。 何を気味悪がる必要があるの?」
 自分でもびっくりするくらいに”普通の男の子”という単語に反応してしまった。 何故、なんて考える暇もないくらいに涙が溢れてくる。 どうして、アヤノも、貴音先輩も、遥先輩も、そしてここにいる皆も、俺にこんなに優しいのだろう。
 だって俺は、百点ばかり取る化け物なのだ。 そう言われて今まで生きてきたから、だから其れ意外なんてないと思っていたのに。
「えっ? シンタローさん? わ、私なんか酷いことでもいっちゃった?」
 シンタローの涙に、分かりやすいほどに動揺したアスナはアヤノに助けを求める。
「違うよアスナ、その逆。 嬉しいんだよシンタローは。 無意識に涙が出るくらいにね。」
「……え?」
「普通の男の子――今までシンタローをそう言ってくれた人は私達意外誰も居なかったから。」
 皆、頭が良いという理由で拒絶して、忌み嫌い、そして憎んで、嫉妬した。 誰もが皆、シンタローが特別な存在だと信じて疑わなかった。
 そうして、彼は特別を押し付けられて、普通を取り上げられてしまったのだ。
「ご、ごめん俺ちょっと……」
 シンタローは涙を拭いながら部屋を慌ただしく出て行く。 アヤノはそれを見送りながら、思い出す。

 高校生の時彼には一時期同級生の友達が居た。 しかし、その友達は彼の3桁満点のテストを見続ける内に変わっていって、最後は手酷く彼の友達をやめると高らかに宣言して、彼を遠ざけたのだ。
 そんな経験をして、友達を作ることに怯え無いはずがない。 すっかり怯えてしまった彼は、他人を拒絶するようになった。
 押し付けられた”天才”も今となっては彼を孤独に縛り付けるための頑丈な枷でしか無くて、独りは嫌なくせに、本当は誰かに一緒にいて欲しいくせに、そんな願いなんて誰にも届かなくて。
彼だって男の子だから、友達とはしゃいで野球したりサッカーしたりして遊びたかったはずなのだ。
「……ちょっと前まで、家族さえもシンタローの事を気味悪がっていたからね。」
「そんな……」
「シンタローは本当に独りぼっちだったんだ。 私がそばに居ても、彼の心は独りぼっち。
 家族が集う家でさえも居場所がなくて、自分の存在価値が見いだせなくて、そうして何度も何度も自分自身を傷つけて……
 なんで……彼はただ人より少しだけ頭が良いだけの、ただの男の子なのに。」
「本当に、なんでだろう…… シンタロー君は、いつでも他人の温もりを欲していたのに、手を伸ばしていたのに。 皆が皆、彼の頭の良さだけでその手を振り払うんだ。」
 泣きそうになりながらコノハは呟く。 家族と和解できたとは言っても、まだまだ彼の傷は癒えてはいないから。 現にSAOに入ってまた彼の傷は広がってしまったように想える。
 そんな話を聞きながらキリトはシンタローが出て行った扉をじっと見つめた。
 ふと、思い出すのはあの二人を牢屋に打ち込んだ時のあの途方も無い安心感を表情に出したかのような彼の顔は、脳裏に焼き付いてはなれない。
 もう、怯えなくていいんだ……そんなつぶやきをそっと漏らしていたこともキリトは知っていた。
「――でも、もう違うだろ? だって、シンタローには俺達がいる。」
 気づけばキリトはそんな言葉を自分の口から零していた。
「ええ、そうよ。 シンタローさんには私達が居るわ。 ここにいる皆、彼をそんな陳腐な理由で遠ざけたりしない。」
 そのアスナの言葉に、クラインもエギルも微笑んで頷くのを確認したようにアヤノは開けっ放しになっていたドアの外に向かって話しかける。
「……だって、シンタロー。 良かったね。」
 はっとしたキリトは立ち上がり、開けっ放しになっていたドアから廊下へと顔をだす。
 ドアのすぐとなりでうずくまるようにして座っていたシンタローは立ったままな自分から表情こそ見えなかったけれどきっと泣いていたに違いない。
 哀しいことに、彼にとってこんな事を言われたのは初めてなのだ。
 それに加え、SAOは感情表現が少しオーバーなのだから、きっと今彼の顔はひどいことになっているのだろう。
 キリトはそんな状態の彼の隣にそっと座った。 何を言うわけでもなく、ただ隣に座っているだけだ。 必死に泣き声を押し殺す彼の隣にただ居ることできっと伝わることがあると、信じているから。

 シンタローの涙が落ち着いた頃、改めてエギルからダンジョンの話が出た。
「――ってことなんだが、明日行けるか?」
 話によれば明日辺り攻略組があと何人か集まって其のダンジョンを攻略してみようという話がでたらしい。 別に明日予定があるわけでもないので行けるのだが、きっとエギルはそういう事を聴いたのではないだろう。
 そのロックが自分に解けるか、そういう事を聴いたのだ。
「まあ……エギルの話で大体こうだろうなって言うのは分かったし、たぶん10秒もかからずに解ける……と思う。」
 1マス開いているという3×3のパズル、そして1〜8という数字―これはきっと、並べ替えて1から順に10秒以内にしろということなのだろう。
 話を聞く限りだと、触らなければカウントは開始されないらしいし、考える時間はある。 だったら楽勝ではないか。
「じゃあ、明日9時にそのダンジョン前で待ち合わせになってるからな。」
「わ、分かった……」
 明日はきっとこれ以上に人数が多いのだろうことを想像して軽くキョドってるとキリトが感じ取ってくれたのか、話しかけてきてくれた。
「なあ、シンタロー。 良かったら明日俺と行動を共にしてみないか?」
「え? い、いいのか?」
「いいも何も、俺から頼んでいるんだよ。 シンタローと一緒に戦ってみたいんだ。」
 キリトは照れ臭そうに口にする。 そんなこと言われたこともなかったシンタローは感激した様子で頷くしか出来ない。
「お、俺で良ければ……。」
「良かったね!シンタロー!」
 そんな様子を見守っていたアヤノはとても嬉しそうにシンタローに勢い良く抱きつく。
 この世界――SAOに来てから、殆ど友達をつくろうとしなかったシンタローに出来た初めての友達は、彼と考え方がよく似た男の子。
しかし年下ということを感じさせない雰囲気をまとったキリトは、アヤノから見てシンタローを引っ張っていってくれるだろうと確信があった。
「――キリト君、シンタローをお願いね。」
 気がつけばアヤノはそんなセリフをキリトに向かって掛けていた。
「おう。 任せろ。」
 そうしてシンタローは、キリトと行動を共にすることになった。
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