皆が帰った病室、一人見上げる空は暗い。 しかし、恐怖は不思議となかった。
それはきっとずっと奥で支えていたものがとれたからだろう。
「……クロハ、そこに居るんすよね? ちょっと出てきて欲しいっす。」
暗がりに話しかけた直後、病室に入ってきたのはクロハだ。 その顔を見るなり、セトは微笑みかけて口を開いた。
「ありがとう、クロハ。」
「別に、礼を言われることなんて何もやってねえよ。」
「あの時、クロハが俺を追いかけてきてくれたから今こうして居られるんすよ。 それに、クロハに貰った言葉はとっても嬉しかった。」
その言葉に驚きつつ、クロハはむず痒くなりつつセトに近寄る。
「そうやって笑えるようになりゃ、大丈夫だな。」
「クロハのおかげっすよ。 あ、そうだ。 ずっと聞きたかったんすけど……今クロハってどこで寝起きしてるんすか?」
「……そこらへん。」
「……え?」
「だからそこらへん。」
アバウトすぎるクロハの回答に一瞬頭のなかが真っ白になる。
「……今の俺が言っても説得力ないっすけど、体に悪影響っすよ。」
「そうは言っても俺はあの日に消えるはずだった存在だ。 帰るところなんてありゃしねーよ。」
「……帰る所が無いなんて悲しいこと言わないでほしいっす。 クロハはシンタローさんと俺を助けてくれた恩人だから。」
真っ直ぐクロハの目を見てセトは言う。
「でも俺はお前らを何度も殺したんだぜ?」0
「何度も殺した、その記憶は俺には無いっすよ。 でも、たとえその記憶があったとしても俺はクロハを嫌いになんてなれないっす。」
そう自分にはループしていた記憶が無い。 あるのはシンタローさんと、マリーだけだ。 でも、たとえその記憶が自分にあってもあの時クロハにかけられた言葉はとても嬉しかった。 嫌いになんてなれるはずがない。 自分のためにあんなに親身になって言葉をかけてくれる人を嫌えるはずがない。
「……本当、お前ら呆れるほど優しいんだな。 おい、遥いるんだろ。」
クロハは振り向いてドアの方を向いた。 次の瞬間ドアは開き、その先に立っていたのは帰ったはずの遥だ。
「住む場所がないなら僕の家に来るといいよ。」
「……は?」
突然の遥の提案にクロハは間抜け声をあげて驚く。
「遥さん……?」
「いや、忘れ物取りに来ただけなんだ。 盗み聞きするつもりはなかったんだけど……ごめんね?」
「俺は別にいいっすけど……遥さん、さっきの話……」
「ああ、うん。 クロハが生きてるって知ってからずっと気になってはいたんだよ。 どこで寝泊まりしてるんだろう、とかいろいろね。 だからさ、クロハさえよければだけど僕の家こない? 丁度部屋開いてるし。」
「い、いや、お前……」
話の展開が早くついて行けていないクロハはオロオロしながら自体を把握しようとしていた。
「いいんじゃないっすか? 遥さんの弟ってことで。」
「はぁ!? なんで俺が弟なんだよ!」
「あたりまえじゃないっすか!」
「そうだねー弟だ!」
自分を置いて話が進んでいく遥とセトに、更に慌てるクロハ。 遥とセトは1泊置いて笑いあった。
「まあ、冗談抜きでさ……クロハ、家においでよ。」
「……お前等はどこまでお人好しなんだよ。」
呆れたように笑うクロハに遥は笑って答えると、そっとクロハの手を取る。
「さて、そろそろ帰ろうか。 セト君、また明日来るからね。」
「あ、はいっす!」
クロハの手をとって、病室のドアまで歩いて行った遥はぱっと振り返って笑顔でセトにこう告げると扉を開けた。
「じゃ、クロハ行こう。」
「お、おい! 俺はまだ了承してな」
「いいからいいから!」
そう言って強引に手を引いて病室を去っていく二人に吹き出しながら、セトは一人残った病室で、同じ病院内に居るのだろうシンタローの事を思っていた。
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