いとしいとしとおもふこころ | ナノ



わたしこんなところで死ぬのかなぁ、ぽつりと呟いた小さな声は深い夜空に紛れて消えた。どうしてこんなことになったんだっけ、そう考えても靄がかかったようなわたしの頭は何を出すわけでもなくただそこに茫然と存在するのみだ。ああ、そうだ。わたしは忍務に出ていたんだ。忍務を終わらせて学園へ帰る途中に追手に会い、なんとか切り抜けたもののわたしはいまこうして死にかけているのだ。大人数の追手にわたし一人は流石に無理があった。仰向けに倒れるわたしの視界には深い夜空と、不気味なほどに白く浮かび上がる三日月だけだ。こうしている間にもわたしの中からは生温かいそれが流れ出していく。芯から冷えていくような、そんなぞっとしたこの感覚はもう一生味わいたくない。まぁ今ここで死ぬのならばその心配はないのだけれど。からっぽの頭でそんなことを考えているわたしの網膜に見知った顔が映り込んだ。

「・・・伊作」
「無茶しすぎだよ、なまえは」
「そう、かもね」

伊作の手のひらがゆっくりとわたしの頭を撫でた。伊作の薬品の匂いがふわりと香って、そしてわたしは目を閉じた。伊作が遠くでおやすみと言った気がした。



ぱちりと目を開けるとそこには保健室の少しシミのある天井が見えた。ああ、わたしは生きてる。そのままゆっくりと視線をずらすと伊作が優しい眼差しでわたしを見ていた。

「起きたかい?」
「・・・うん」
「調子はどう?まだ痛むところはある?」
「切られたところがまだ少し」
「そうか、痛いんだね」

伊作は少し嬉しそうな顔でそれはよかったと言った。

「どうしてそんなに嬉しそうなの?」
「だって、痛いってことは生きてるってことだろう?」
「そうだね、わたしは生きてる」
「ねぇ、なまえ」
「何?」
「おかえり」
「・・・・ただいま」



0509 伊作


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