「おかえりなさい」
 阿久根が家に帰ると善吉が笑顔で迎えてきた。先に言っておくが、ここは阿久根の家であり、善吉はただ遊びに来ていただけで住んではいない。ただ、阿久根が少し用事のために外に出ていただけだ。しかし善吉はまるでずっと阿久根と住んでいたとばかりに違和感なく、阿久根を迎えた。このときばかりは、阿久根はこれは友達も増えるだろうなと冷静に分析した。
「玄関まで来なくても良かったのに」
「いや、自分の家でもないのに寛ぎすぎるってのもどうかと……」
「律儀だなぁ、人吉くんは」
 呆れたように溜め息を吐く阿久根だが、きっと立場が逆だったら同じことをするんだろうなと善吉は思った。律儀さならば、阿久根も中々なものだ。
 玄関から共にリビングまで歩き、善吉はソファーに座り、阿久根は買ってきたインスタントコーヒーを開け、ケルトに水を淹れて沸かし始めた。沸々とお湯になる音を聞きながら、阿久根はぼんやりと先ほどの光景を思い出していた。
 阿久根は一人暮らしだ。中学生の時までは実家暮らしだったが、昔から破壊する癖などがあったため、小学校高学年からはあまり親と過ごした記憶がない。ましてや、親以外を含めて自分が家に帰ってきた時におかえりと迎えられた記憶があまりない。
 そのこともあるせいか、阿久根は善吉におかえりと言われ、まともな返事が出来なかった。なんせ、混乱したのだ。たかだかおかえりと言われたくらいで。当たり前のように笑顔で迎えられたくらいで。
 お湯が沸いた音がけたたましく鳴る。阿久根はすぐに頭を切り替え、テキパキとコーヒーを淹れた。棚からマグを二つ出し、注いで善吉の元へと持っていった。善吉はありがとうございますと礼を述べながら湯気立ったマグを受け取る。そこで、善吉は首を傾げた。
「阿久根先輩、なんか嬉しいことでもあったんすか」
 言われて、阿久根は口元を触る。なるほど、だらしなくゆるっゆるになっている。なんとも恥ずかしい。しかし阿久根はどうにか口元を意識し、別に何もと返した。その口元がまだ緩んでいることを阿久根は知らない。



かぞえるほどにゆっくりとさんかくは歪んでいく
お題>容赦
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