阿久根が浮気をしているかもしれない。そんなことを言い出したのは球磨川だったか不知火だったか。しかし今はそんなことはどうでもいい。ただ静かに、愛する友達のために宗像は阿久根を始末する方法を数パターン考えた。

 その日、阿久根は善吉の自宅へと向かっていた。付き合っているから、ではなく、ただ善吉の宿題が入ったファイルが何の手違いか阿久根の鞄の中に入っていたため、それを届けるためだった。
 本来ならば、善吉が阿久根の自宅に行く予定だった。曲がりなりにも阿久根のことを先輩として敬い、人間として尊敬しているため、そんな阿久根を煩わせたくなかったからだ。
 しかし、事情を知った善吉の母である瞳が笑顔で「阿久根くんを家に呼んで、ついでに一緒に晩ごはんを食べたら?」と言ったため、善吉が阿久根の自宅へ向かうことなく、代わりに快い返事をした阿久根が善吉の自宅へと向かうことになったということだ。
 手土産としてケーキを買い、阿久根はほんの少し浮き足立っていた。なんせ、久々の誰かとの晩ごはんなのだ。それも、人吉家との。あの温かい家族と晩ごはんを共に食べられるのかと思うと、頬も緩む。
 ひゅ、と小さな音が阿久根の神経を一瞬で尖らせた。1歩後ろに下がり、仰け反ると紺色に染まりかかっている空でも目立つ日本刀が浮き出ていた。阿久根はその日本刀の輝きや気配の無さに冷や汗を垂らし、すぐに後ろへ下がる。買ったのがロールケーキで良かった。
 そんな阿久根の前に、日本刀を持つ手が現れ、そして最後には持ち主である宗像が姿を現した。やはりか、と阿久根は内心ため息を吐く。殺意が怖い。
「……阿久根くん」
 聞いただけで死にそうになる声だった。阿久根はすぐに最近善吉を困らすようなことを自分がしたかを考えた。結果、無い。だから阿久根は焦った。
「阿久根くん、君に、死んでほしい」
「……人吉くんのためですか」
「そうだ。君は、人吉くんを悲しませる。そもそも、浮気だなんて、人として最低だ。だから、殺す」
 浮気。あっさりと理由がわかり、阿久根はすぐに検索をかけた。しかし思い当たる節がない。至っていつも通りだ。第一、善吉相手に浮気が出来るものか。善吉相手に浮気をしただけで、どれだけの人間に刺されるかわかったものではない。いや、刺されるのならばまだ、いい。今みたいに避ければいいから。ただ、腐らせられたり爆発させられたり実験台にされたり、はたまた黒神ファントムなどを引き起こしてしまうかもしれないのだ。
 だから、仮に阿久根が浮気をしたいと思っていても、出来るわけがない。そもそも浮気をしようとも思わないが。
「宗像先輩!待ってください!俺は浮気なんてしてません!俺は、俺は人吉くん一筋です!今からだって、人吉くんの家に行くところなんです!」
「人吉くんの家に……」
 宗像の殺意が鎮まる。阿久根は一か八かに掛けた。それに、逃げようと思えば逃げられるだろう。
 宗像が刀を仕舞う。
「阿久根くん」
「はい」
「まだ僕は、君のことを疑っている」
「……」
「でも、今君を殺すと、きっと人吉くんが悲しむ。だから、今日は止めといてあげるよ」
「……そう、ですか」
 宗像の言葉にわかりやすく安堵する。同時に、浮気と取られるようなことはしないようにしようと心に決めた。宗像が背中を向ける。
「人吉くんを悲しませたら殺す」
 改めて殺意が籠った声を聞き、身体が震える。これはもう、今日からしばらくは善吉をとことん甘やかさなければ。出なければ、阿久根は本当に、今度こそ死んでしまうのだから。



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