黄瀬は今まで女の子からは黄瀬くんとしか呼ばれてこなかった。ごく稀に人懐っこい女の子が涼太くんと呼んだりしたが、それだけだ。だから黄瀬は自分のことをきーちゃん、とアダ名で呼ぶ桃井をどこか特別に感じていた。特別、とは言っても恋ではない。それに、黄瀬は桃井を特別だと思う気持ちの中には、嫉妬があるのだ。まさか自分が女の子に嫉妬する日がくるとは。しかし別に、桃井のことが嫌いなわけではないのだ。
「わたしね、きーちゃんに嫉妬しちゃうの。あ、でも、嫌いなわけじゃないからね?」
 だから黄瀬は桃井のこの発言にはたいそう驚いた。まさか桃井も自分と同じように嫉妬をしているとは。しかも嫌いなわけではないというのも同じとは。黄瀬は力なく笑った。
「なんスか、桃っち。つか、俺の何に嫉妬してんスか?」
「うーん、なんだろ。みんなとバスケしたり出来ることかな?」
「バスケしたいんスか?」
「みんなと、ね」
 そう言って笑った桃井の顔を、きっと黄瀬は忘れることはないだろう。だって、桃井は本当に、黄瀬に嫉妬した目をしている。そんな目で、今にもわっと泣き出そうな顔をしているのだ。女の子から、そんな眼差しを向けられたことがない黄瀬は戦慄した。そして、桃井を特別に扱ってはいけないと、真剣に思った。
「……俺も、桃っちに嫉妬してるっス」
「どうして?」
「だって、桃っちはみんなをちゃんとサポートしてて、みんなから頼りにされてるし」
 それに、桃井はバスケをしていないのに、黄瀬が知らないみんなのプレイや思い出を持っている。それこそが一番の嫉妬の理由だった。そして恐らく、桃井の黄瀬への一番の嫉妬の理由も、バスケを途中から始めたのにみんなとバスケをしているという、似たような理由なのだろう。桃井は黄瀬からの嫉妬の眼差しを受け入れた。黄瀬が桃井の嫉妬の眼差しを受け入れてくれたから。
 やがて、二人は糸が切れたように、クスクスと先程までの嫉妬の眼差しが嘘のように笑いあった。
「きーちゃんになりたいな」
「桃っちになりたいな」
 それが不可能なのは十二分に承知している。しかし二人は口に出さずにはいられなかった。だって二人は、同じくらいみんなのことが好きだから。



嫉妬だ、ばかやろう
お題>名前がない
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