じゃあ負けたやつは明日一日しゃべんの禁止な! という長男特有の滅茶苦茶な罰ゲーム付きのポーカーに負けたのはカラ松だった。狙ったわけでも狙われたわけでもないその結果に兄弟は、まぁカラ松なら別に、といった可もなく不可もない反応しか示さなかった。それはカラ松も同じで、どうせなら十四松辺りが罰ゲームを受けたほうが面白いだろうとは思っていた。しかし運で負けてしまったものはどうしようもない。一応はケチをつけようかと試みたが、そもそも珍しく誰もイカサマをしていなかった時点でそれはどうしようもない行為であったため、もちろんカラ松は罰ゲームを甘んじて受け入れるほかなかった。
 そんなわけでカラ松は罰ゲームを執行するその日、外に出ることを諦めた。出ても良かったし、筆談や電話以外の機械を使った会話ならオッケーという条件もあったのだが、それでもカラ松はもしも今日に限ってカラ松ガールズが話し掛けてきて、いい感じになってしまった時のことを考えると心苦しくなってしまったので防ぐために止めたのだ。一瞬だけ、無口な自分もそれはそれでカッコいいと思ったが、それは内緒だ。
 カラ松以外は出払っている家の居間に居座り、カラ松は静かに鏡を見る。後ろで襖の開く。鏡越しに誰が帰ってきたのかを見れば、見慣れた紫色が映っている。一松だ。カラ松は振り返り、口パクでおかえりを言う。本当は一松だけだし声を出そうかと思ったが、ここでもしも普通に会話をして文句を言われたり、最悪他の兄弟に報告でもされたらどう咎められるかわかったものではなかったので止めておいた。一松はマスクをしたままの口でなにも言わず、ただだるそうにしている目でカラ松を一瞥してカラ松の横に座るだけだった。誰もいないのだから、わざわざ横に座らなくても、とカラ松は首を傾げる。けれど今のカラ松にはそれを追求するための言葉が使えない。それに、まぁ、別に、嫌なわけではない。
 カラ松は鏡をちゃぶ台へ置き、テレビをつける。普段以上に静かだからBGM代わりにつけただけだ。なにか見たい番組があるわけではない。そういえば一松にはないのだろうか。横を向けば、どうやらこちらを見ていたらしい一松と目があった。カラ松はリモコンいるか? というジェスチャーを取る。一松は首を横に振るだけだった。カラ松は一松がなぜ自分のほうを見ていたのかを深く考えず、再びテレビのほうへ顔を向ける。一松はいまだカラ松のほうを見ていたが、カラ松はそのことに気付くこともなく、適当にショッピング番組を選び、それから付近に置いていたメモ帳とペンを取り出した。どうやら一松と筆談をするつもりらしい。カラ松がなにかを書き始めた途端、一松は嫌そうに目を細めた。
『今日も猫に会いに行っていたのか?』
 一松へと差し出されたメモ帳にはやはり会話が書かれている。一松はその言葉にうんざりしたが、すぐに普段のあの面倒臭い口調でないことに気付いたため(いつもなら猫の部分は子猫ちゃんと言っている)、一応の会話はしてやるかと思い直した。
「そうだけど、なに?」
『いや、相変わらずお前は猫が好きなんだと思ってな』
「なんか文句あんの?」
『ねぇよ! なんですぐそう喧嘩腰みたいな言い方すんだよ!』
「じゃあなんですぐそう喧嘩腰みたいな捉え方すんの」
 その一松の言葉にカラ松は声にせず唸っていた。ざまぁみろ。一松は心の中だけでそう吐きつけた。 テレビの中では掃除機の宣伝が大袈裟に行われている。
「……ていうかさ、なんでテレビショッピングなの」
 とても今さらな一松の言葉に、カラ松は慌てたようにメモ帳に反論を書く。
『いや、だって、お前がなんも言わないから!』
「なんも言わないからって、俺別にこれでいいとも言ってねぇし」
 みるみる内にカラ松の眉間に皺が寄る。ここにトド松がいたらうるさそうだな、と一松が思っていると、カラ松が急いでなにかを書いてそれを一松へ差し出す。
『じゃあチャンネル変えたらいいだろ!?』
 至極真っ当な意見だ。一松は確かにそうだな、と漏らし、リモコンを手にとってテレビの画面を消した。カラ松は未だに眉間に皺を寄せ、消すなら最初から言えよ、と思った。そんなカラ松の気持ちを、一松は顔を見ただけでわかったのか、はー、と溜め息をゆっくり吐き出す。カラ松は馬鹿にされたようだった。
『なにか言いたいことがあるなら、はっきり言え!!』
 暗に機嫌が良くないことを表す書き方だった。こっちのほうが喧嘩腰じゃないのかと一松は思ったが、わざわざそれを指摘するのも面倒だったのでそのメモ帳を奪った。カラ松の片眉がひくりと上がる。一松はその様子を眺めながら、言葉にするのは本当に面倒だと思った。奪ったメモ帳をカラ松へ渡す。
「あのさ、結局俺のことなんもわかってないあんたに、これだけは言っといてやるよ。俺、静かなほうが嫌いじゃないから」
 その言葉にカラ松はしばし思考を巡らせ、つまりテレビをつけるなという話だったのか、と返してもらったメモ帳に書いて見せた。一松は苦々しく顔を歪め、まぁ、そんなとこ、とだけ言って、寝転んでしまった。どうやらふて寝するようだ。カラ松はそんな一松を見ながら、なんてわかりにくいやつだと思ったが、まぁ、別に、そんなところも、嫌なわけではない。


黙ってろよ
/5話ショック
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