死ねばいいのに、と声に出さずに松野一松は自分の前を歩く松野カラ松の背中へと投げた。当然カラ松にはその一松の言葉は届いてはいない。仮にこれで届いていたとしても一松は一向に構わないのだが、しかし届いていたら届いていたで自分とカラ松との間に未知のコミュニケーションツールがあるということになってしまうので、それはそれで堪ったものではない。口にしたらしたで、カラ松が困ったように一松を見るのでそれもそれで堪ったものではないが。カラ松がくしゃみをする。ガサガサとスーパーの袋が揺れてうるさかった。そもそも、どうして自分はこの男と二人きりで買い出しに出てしまったのだろう、と一松はとても今さらなことを考え、放棄した。そんなことを考えたところでどうにもならないからだった。
「寒いな」
 振り向くことなくカラ松が一松へと言葉を投げる。だから一松もカラ松の後ろを歩いたまま、適当に相槌を打つだけにした。話が切れる。カラ松のほうから、沈黙の焦りが漂ってくる。それを関知してしまうことと、この男はいまだに自分と会話をしたいのかという諦めの悪さに、一松はなんだかやるせない気持ちになった。なんとなく、わからないのだろうか。と思う。きっと、わからないのだろうな。と思う。だから一松は今すぐトラックでも走ってきて、思いっきりカラ松のことを轢かないだろうかとぼんやり願う。今ならば一松はその轢き逃げを見逃すことが出来るというのに。
「寒くないか、一松」
 先ほどと同じ話題だ。カラ松の言葉と被せるように一松は心の中で言った。もちろんカラ松には聞こえていない。けれど、今回はそれよりも、そのくらいしか話題がないならばもう黙っていろよと思うしかなかった。いや、本当は、きっと、なにかもっと言いたいことがあるだろうことを、知っている。これまでのカラ松の言動から、カラ松が一松に対してこれだけしか話しかけることがないはずないのだ。もっと色んな、自分のこと、一松のこと、格好いい男の行き方とか。それなのに気候の話しか振れないのは、歩きながらでは困るような話題なのか、はたまた言い出せないだけかのどちらかだ。両方な気がする、と一松は予想するが、それを指摘してやるつもりはないし、促してやるつもりもない。ただ、別に、とだけ言う。
「そうか、ならいいんだ」
 カラ松の頭の中は空っぽなのだろうか。一松はカラ松の返事も聞かず、そんなことをぼんやり考える。カラ松の頭の中は名前のように空っぽなのだろうか、いやさすがに脳みそはあるか、しかしなにか大事な部分が欠けているのではないか、死体になればわかるだろうに。なめらかに一松はカラ松の死を想像する。例えば、向こうから強盗が走ってきて、そのまま手に持っていたナイフでカラ松を刺しでもすれば、さすがにカラ松は死ぬのではないだろうか。一松は想像する。カラ松の死を。それに対応する自分を。とどめを刺す自分を。ぐりぐりとナイフを抜くふりをしてナイフをもっと刺し込む動作を。
 ぶるん、ぶるん、と車のエンジンの回る音に一松の意識は一気に現実へと引っ張られた。一松はすぐさまマスクをしていることを確認し、目の前にカラ松の背中があることを確認する。どうやら、誰にもこのにやついてしまった口元を見られていないようだ。一松は安堵する。理由はなかった。ただ、誰にも見られたくなかったのだ。そして自分が今、住宅街の辺りにいることを知った。妄想に気を取られすぎていたらしい。不覚。
「お、あれ新車かな」
 目の前のカラ松は一松の様子に気付くどころかなにかあったさえ知らず、今から家の駐車場から出ようとする車にテンションを上げて立ち止まっていた。ちらりと車を見れば、確かに新品特有の美しさがあった。名前までは知らないが、車に興味がない一松でもそれが外車であることはわかった。カラ松が羨望の眼差しをその車に向けているだろうなと思った。
「いいよなぁ、外車」
 案の定、カラ松の口からは羨ましいというため息がこぼれる。一松はそんなカラ松の顔を右後ろから眺め、そして車が発進する瞬間にこの背中を押せばこいつ死ぬんだろうなと考え、すっと手をカラ松の背中へ当てていた。バレないように。けれど、その瞬間にカラ松がびくりと肩を跳ねさせ、一松のほうを振り向いてしまったのですぐさま手を下ろした。マスクの中で舌打ちをする。エンジン音のせいでカラ松には届かなかった。
「な、んだ、一松……?」
「別に……早く帰ろ」
「あ、あぁ……」
 なにもなかったように、なにも考えていないような顔をして、一松はカラ松に歩くよう促す。カラ松はなにもわかっていないという顔をして、もう一度車を見て、それから歩き出した。一松がその家の前を通りすぎたあとに、後ろから車が発進する音が聞こえる。惜しかったなと一松は思ったが、過ぎたことを考えていても仕方ないなと考え直した。それに、カラ松を殺す機会はきっとまだまだあるはずだ。
 それよりも、今日の夕飯はなんなのだろうか。



仮想だからね安心してね本物の心だけど
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