幸村が目を開けると真っ白な天井が視界に映った。もう一度目を閉じ、ゆっくり開けてみるが、変わらなかった。幸村は弱々しく嘆息をもらす。起きて最初に目にするのが真っ白な天井、ということに、入院生活のことを彷彿させられてどうにも気分が良くならないからだ。ひとりきりだから、余計に。ただ、幸村がまだ気分が優れないだけで済むのは、ここが病院ではなく、跡部の家だということがわかっているからだった。
 今日、幸村は跡部の家の長い長い廊下に新たに飾られることになった絵画を見に来ていた。絵画が好きな幸村を跡部がわざわざ誘ってくれたのだ。そして、まるで美術館のように広々とした跡部宅の廊下と、美しい絵画の数々と、恐らく幸村のために事前に飾られている絵画に関する知識を仕入れた跡部のなめらかな説明は幸村を高揚させた。その結果が、微熱を出してしまい、少しばかり休ませてもらっているというのがなんとも情けない話で、幸村はやるせなくなる。
 ゆるやかに思考が鮮明になっていくのを感じ、幸村は熱は下がっただろうと予測した。時計を見てないが、そんなにも短い時間の眠りではなさそうだったし、全身の怠さもなくなっている。そうでなくとも、ここは一般家庭とは無縁な跡部家である。専属の医師がいたとしてもおかしくはない。市販の風邪薬を飲むよりも、よっぽど効果はありそうだ。これは何かしらの礼をしなければなぁ、と思いながらも、具体的な案は出てこない。所詮は単なる中学生、でしかないのだ、神の子であろうとも。
 コン、と扉を叩く音がした。恐らく跡部だろう、と予測しながら、幸村はほぼ条件反射のようにどうぞと口にしてしまった。口にしてしまってから、寝たままで良かっただろうかと些か後悔がよぎる。しかしそんな思考は遅すぎたようで、扉は開けられ、やはり予測した通り、跡部が部屋に入ってきた。跡部は後ろ手で扉を閉め、幸村の顔を見て「少しはマシになったか」とシニカルな笑みを浮かべながら言った。跡部なりの配慮なのを幸村は知っていた。
「あぁ、お陰さまでな。むしろさっきより元気になったくらいだよ」
「ハッ、まぁ医者にも見せたしな」
「苦労かけたな」
「こんなもん、苦労してるに入りもしねぇな」
 ベッド付近の椅子に腰掛け、跡部は尊大に脚を組む。顔は変わらずシニカルな笑みを浮かべていたが、見下ろしてくる綺麗な青色は安堵の色をしていたので幸村は気にならなかった。元より、跡部の尊大な振る舞いを気にしたこともない。正直な人間を幸村は好んでいるからだ。
「俺、どのくらい寝てた?」
「三時間くらいだな」
「そうか。結構寝たな」
「ぐうすか寝てたぞ」
「ベッドが柔らかいからかな」
「なんだ、ねだってんのか?」
「違うよ。でも、あとでメーカー教えて」
 そう幸村がねだると、跡部は浮かべていた笑みをシニカルなものから少し柔らかい笑みに変えた。
「バーカ、メーカーくらいメールで送ってやる」
「いいのか?」
「そんくらい、どうってことねぇよ」
「苦労かけるな」
「大袈裟な奴だな」
 くつくつ笑う跡部はそのまま幸村の白い頬に触れる。ひやりと、跡部の手が冷たかった。いや、これは俺の頬が熱いんだ。幸村がそう気付いたのと同じくらいに、跡部は笑みを消し、「お前まだ熱あんじゃねぇの?」と確かめるようにペタペタと頬を触ってくる。幸村はどう言ったものか、と一瞬だけ迷ったが、下手に嘘を吐いて医師を連れて来られてもそれはそれで困るので、正直に言うことにした。
「跡部が、触ってるから」
 また頬が熱くなった気がしたが、幸村にはどうしようもなかった。頬を触っていた跡部が呆けたかのように目を丸くしている。それもどうしようもなかった。冷たく感じた跡部の手が、幸村の熱でぬるくなっていく。それは、嬉しかった。羞恥はあっても、まだ触れていて欲しかったから。それに、まだ触れてくれている意味を考えてしまったら、もうどうしようもなかった。
「お前、なぁ……」
 困り果てた声に幸村は笑いを堪えるしかなかった。



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