出来うる限り、こいつには世界の悪いところなんてひとつも見えなければいいのに。そう跡部が他人に思ったのは今のところ樺地と、目の前で跡部に部員のことを楽しそうに話す橘のみだった。それ以外の人間がどうでもいいわけではないが、跡部が強く強く思うのは今のところこの二人しかいないのだ。跡部にはない純粋で綺麗なものを持つ人間に、そのままでいてほしいと願ってしまうのは仕方のないことだった。もちろん、そんなことが通じるだなんて思ってもいない、嫌というほど知り尽くしているから、こんなものは無意味なのだろう。けれど、だからこそ跡部はらしくもなく、ただ願うだけの行為を行う。こいつみたいな、ささいな幸せや優しさが蓄積させたような人間の目に、世界の悪いところや汚いところが映らないようにと。
 まさか跡部がそんなことを願っているとは想像もしていない橘は、とても嬉しそうな顔で「最近、とても親切な人がテニスボールとかネットをくれるんだ」と報告してきた。ほぉ、と跡部は相槌を打ち、橘の嬉しそうな顔に心がむず痒くなった。別に、橘は跡部に報告をしただけで、跡部がその親切な人であることを知っているわけではないし、お礼を言ったわけでもない。それでも、橘の表情には跡部を良い意味で居心地悪くさせる力があった。
「その親切な人はな、いつも部品と氷のバラと手紙だけを置いていくんだ。手紙に名前がないから、みんなで氷のバラの人って呼んでるんだけど」
「なんだ、嫌な奴だな」
「え?」
「後ろめたいから正体を明かさねぇんだろ」
 嘲笑うように跡部は言う。実際、跡部は自分自身を嘲笑う。その言葉の通りだからだ。後ろめたいから、堂々と渡さないし渡せない。たぶんこれは、無意識に橘を含む不動峰の状況を憐れむ心が含まれているからだ。だから、後ろめたいのだと思う。橘は首を傾げた。
「別にそんなことないと思うけどなぁ」
「どういう意味だ?」
「いや、たぶんだけど、氷のバラの人は本当にいい人だからこそ、正体を明かさないんじゃないかなって」
「……なんでそう思うんだよ」
 咎めるような口調は縋るかのようだった。しかし橘はそれには気付かず、にっかりと快活に笑ってみせた。
「なんとなくだ!」
「……はぁ!?」
 思わずすっとんきょうな声を上げてしまう。けれど今はそれどころではない。なぜならば、橘は確証もなくただなんとなくという理由で、見知らぬ人間をいい人だと言い切ったのだ。跡部は信じがたい奇跡を目撃したかのような目で橘を見る。橘はいまだ笑ったまま。それはまるで、跡部をいい人だと誉め称えているかのようだった。
「……おめでたい奴だな」
 再び心がむず痒くなりながら、跡部は橘の笑顔を見ないよう、目線を逸らす。そして、変わらずにこのまま綺麗なままでいてくれと心の中だけで願った。ずっと、ずっと。



やはりダイヤモンドでしたか
お題>背骨
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