明日、跡部の家に行ってもいいかい? と幸村から電話が掛かったのは昨晩のことだった。跡部はシャワーで濡らした髪をタオルで拭きながら、珍しいなと内心呟く。いつもならば、幸村は遅くとも三日前にはこういった連絡をいれるからだ。それが、こんなにも急に。跡部は早急に明日の予定を脳内に浮かべ、まぁ明日の昼過ぎなら平気だぞと答えておいた。安堵するため息が電波を伝って跡部の鼓膜を叩く。幸村はありがとう、じゃあ、明日。おやすみ。となめらかに言って、結局用件も告げずに電話を切ってしまった。跡部はしばし呆然としたまま固まっていたが、やがて幸村という男は見た目に反して強引な面があることを思い出し、小さく笑った。

 幸村は跡部の言う通り、昼過ぎにやって来た。何度か来たこともあり、幸村は使用人の案内もなく跡部の部屋へと単身で入った。ノックはこの間、跡部がいらないと言ったのでしない。そして幸村が部屋に入ると、椅子に座って本を読んでいた跡部は顔を上げ、そして幸村の手元を見て今日の訪問の理由を知った。
「や、跡部」
「よぉ幸村。鉢植えなんて持って、どうした」
 わざとらしく訊ねる跡部に幸村は苦笑を見せた。跡部も思わず笑ってしまう。幸村はビニール袋に入れた、白い花が咲いている小さい鉢を顔のところまで持ち上げて見せる。
「コスモスなんだけど、どうかな?」
「どうかな、なんて思ってもねぇくせに」
 くつくつと笑いながら、跡部は腰を上げ、幸村の元へ寄る。「出してやれよ」言われた通りに鉢をビニール袋から出す。跡部はまじまじと白いコスモスを興味深そうに見詰める。自宅の庭園にはこういった可愛いらしい花ではなく、どちらかというときらびやかな花ばかりが並んでいるからかもしれない。幸村はコスモスと跡部を見比べ、これだけでもはるばる神奈川から持ってきたかいがあった、と達成感で心が満ちていた。
「で、なんでこれを俺にくれるんだ」
 ある程度見てから跡部が花から幸村に目線を投げる。幸村はそれに微笑みを返す。
「花言葉を調べたら、跡部だなぁって思ったから」
 本当はそんなつもりで白いコスモスを選んだわけではなかった。ただ、ピンクより白かなと思っただけで、まったくその気はなかった。けれど、図書館で見た花言葉に、これは跡部にあげなければと使命感のようなものを抱いたのだ。それに、後付けのようだが、跡部の家に自分が育てた花があるというのは、中々に素敵な光景だと思ったのだ。もちろん、そんなことを言うつもりなどない。
 跡部は花言葉という単語に怪訝そうな顔をした。しかしそれを口にはせず、ただ、ふぅんと相槌を打ちながら鉢を受け取る。ここで花言葉を訊いてこない辺りが跡部である。もしかしたら、跡部は花言葉を知っているのかもしれない。まぁ跡部だしなぁ、などと思っていた幸村は鉢を窓際へ置こうとする跡部を目で追いかけながら、あ、と今さらながらに跡部に白いコスモスがよく似合うことに気付いた。薔薇や百合などの強く綺麗な花ではなく、可愛いらしいコスモスだと言うのに。しかし確かに跡部と白いコスモスはいい組み合わせだった。そしてなるほど、確かに優美だ、と花言葉を思い出しつつ、幸村は満足げに頷いた。



咲かせたのは眩しさ
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