何か欲しいものはないか。そう後藤が優しく訊ねたものだから、達海はうっかり口を滑らせてしまった。
「脚が欲しい」
 ぽろりとこぼれた言葉は紛れもなく達海の本音だった。しかも笑ったり泣いたり怒ったりせず、お腹空いたなぁ、くらいのテンションだった。後藤は滅多に聞けない達海の本音、それも弱音に近いそれに思わず目を丸くした。達海は自分の発言の重大さに気付いていないのか、そもそも自分が何を言ったか意識していないのか、後藤の異変に首を傾げ、ごとー? と手を振る。
「なに、どうしたのお前」
 それはこちらの台詞である。お前こそ、どうした。達海を凝視し、喉から出かかる言葉をどうにか飲み込む。忘れていたわけではないが、達海はどこからどう見たって後藤と同じ人間で、後悔だってするし、哀しむし、怒りだって感じる。達海は神様ではないのだから。それに達海が脚の故障を悔いていないなど、後藤が知るわけがないのだ。達海はそんなことを言うわけがないし、いくら後藤が達海のことを信頼し、達海の味方でも、達海自身にはどう頑張ったってなれやしない。
「いや、お前はそれが欲しいのかと驚いただけだよ」
 訝しげな瞳に笑いかけると、俺何言ったっけ? と物語る目線とかち合った。あぁ、本当にあれは達海の本音で、達海が心の底から欲っしてるものなんだ。眩しいものを見るように目を細める。出来るなら、達海には自分が何を欲したのか気付かないでいてほしい。きっとこの飄々としながら誰よりも他人を大切にしてしまう男は、もう二度とそれを口にしなくなるだろうから。
 子供にするように、達海の頭を撫でる。
「いつか、あげられる日が来たらやるよ」
「は? お、ぉ。ありがと?」
 戸惑いつつ返事をする達海に、もう一度だけ、達海が永遠に自分の欲しいものを口にしたことを知ることがありませんようにと、後藤はフットボールの神様に願った。



俺だけが嬉しい
/さりげなくヤンデレGM
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