「仁王がいて良かったよ」
 部誌に文字を書き込みながら幸村は部室で暇そうにしている仁王にふと呟いた。先ほどまで鍵当番なんて面倒臭いと思っていた仁王は、幸村からのいきなりの発言に目を見開き、驚きを露にする。そんな仁王に幸村はふふ、と軽やかに笑い、お前もそうやって驚くんだなと書き込む作業を一時停止させた。その、あまりにも可笑しそうに笑われたことに、仁王はすぐに目を細め、おまんは本当に嫌な奴じゃな、と悔しそうに言った。
「ちゅうか、驚かすんは俺の専売特許ぜよ」
「いいじゃないか、たまには」
「嫌じゃ」
「ていうか、そんなにも驚くことかなぁ」
 ひとしきり笑ったのか、幸村は仁王の驚愕に首を傾げつつ、再び部誌を書き込む。仁王は目線を下げた幸村の旋毛をなんとなしに眺め、心中で理由を言えるわけがないだろうと吐き捨てる。元より、幸村に真実を告げるつもりなどなかったが。
「なぁに。単に、あの神の子にいきなり感謝されたきに、なんかあるんか思っただけじゃ」
 手をひらつかせて言えば、幸村は酷いなぁとまた軽やかな笑い声を漏らした。幸村の髪のようにやわらかなそれには幸せそうな色が混ざっていた。思わず睨んでしまうが、幸村は部誌を見ていて仁王を見てはいなかった。
「でも、本当に仁王には感謝してるよ。いや、お前が跡部になれることに、かな? とにかく仁王が跡部になって会話の練習してくれたから、うまくいったんだと思ってる」
「買い被りすぎじゃろ」
「まさか」
 謙遜でもない幸村の言葉に、仁王は半年ほど前に幸村に呼び出されたことを思い出していた。何かやらかしたか、それとも。そう恐れながら指定された場所へ行けば、幸村は切羽詰まった顔で、跡部になって俺と会話をしてくれないかと頼んできた。見たことのない真剣な表情だった。きっと真田も見たことのない、誰かを本気で好きになった幸村の顔だった。仁王はその表情をしばし独占できる優越感と、それは自分に向けられたものではないという虚無感の狭間をさ迷いながら、幸村に協力した。見た目は仁王のままでいいよ。それが逆に苦しかったことを、うまくいったんだと笑って報告してきた神の子は一生知ることなどないだろう。
 仁王の口元が歪む。幸村は相変わらずこちらを見ていない。
「幸村、好きだぜ」
 一寸の狂いもなく、いとも容易く幸村の幸せの源の声帯を模写する。気持ちは残念ながら詐欺師のものだが、バレることなどないだろう。顔を上げた幸村に、仁王はそう確信した。
「はは、本物にもそう言われるように頑張るよ」
 仁王は肩を竦め、素直じゃないからのぉとだけ呟いた。



舌の恋人
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