氷の王様だと誰かが言っていたのをふと思い出した。ので、すぐ近くにあった無防備なその手を掴んでみたら普通にあたたかかった。血が通ってるって感じの、人間らしいあたたかさだ。全然冷たくなくて、何が氷の王様だとその誰かにふつりと苛立ちが沸いた辺りで横から「おい」と戸惑う声が聞こえた。見やれば、跡部が眉を寄せて俺を睨んでいる。はて。
「いつまで掴んでんだよ」
 首を傾げたら跡部は苛立ちを隠さずに言った。そして俺はようやく、跡部の許可もなく手を掴んでいたことに気付き「ごめんごめん」早々と解放した。跡部は訝しげに俺を見たあと、もう解放されたからか、特に何も言わず会話を続けた。そういえば今は合宿所のテラスで跡部と二人きりで会話をしていたのだ。あぁ、何の話をしていたっけ。
「おい幸村、聞いてんのか?」
「……え、あ、ごめん」
 素直に謝ると、跡部は先ほどの訝しげな目線はどこへやら、「お前、体調でも悪ぃんじゃねーの?」などと普通に心配し出してくれた。跡部は口が悪いくせに素直な奴だから、ちゃんと俺のことを心配してくれてるってのがよく伝わって、それが真田のようで好ましい。思わず笑ってしまうと、また変なものを見るような目になってしまった。
「……お前、今日変だぞ」
「そうかな」
 くすくすと漏れる笑みに跡部はたっぷりと呆れを含んだため息を吐き、それからなぜか俺の手を掴んできた。
「跡部?」
 訳がわからず名前を呼ぶ。しかし跡部は「うるせぇ」と一蹴して、あたたかい手で俺の冷たい手を擦る。俺の手までもが跡部の手のようにあたたかくなるようだった。
「さっき気付いたけど、お前の手、つめてぇな」
 グリップを握っているせいで出来た豆の感触が伝わる。俺はただ手を掴むだけだったけれど、跡部は擦っているから。少しずつ自身の手があたたかくなってくる。血が通っている感覚がする。跡部はなんでもないように「大事にしろよ」と手を離した。ちょっとだけ名残惜しかったけれど、まぁ跡部がくれたぬくもりがあるからと気付かない振りをする。というか本当に、跡部のどこが氷の王様なのだろう。普通に王様でいい気がするのに。
「跡部の手はあたたかいな」
 まだぬくもりが残る手を見下ろし、呟くと跡部はそういう体質なのだと言った。なんだ、ますます氷ではない。むしろ、俺のほうが。そこまで思考が行きそうになり、俺はまた笑ってしまった。だって、俺が人間離れしているなんて、今さらすぎる。



あわれんでほしいわけじゃない
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