いったい全体何が起こったのかわからないが、新開の記憶の中から荒北に関する部分だけがまるっと欠陥していた。朝、荒北がいつものように福富と東堂と共に朝練に出て、新開の奴おせぇな、などと言っていた時に来た新開はすでに荒北のことを仲間だと認識出来ていなかったである。表情こそ穏やかなものであったが、明らかに荒北を異物扱いして戸惑う視線と態度には荒北ではなく福富と東堂のほうが困り果てた。一方、荒北はまるで初めて新開に出会ったあの頃に戻ったようだと怒りや戸惑いを通り越して一種の懐かしさに浸っていた。初めて出会った時の新開も、今のように穏やかな表情でありながら、明らかに荒北を異物扱いしていたものだ。いや、異物扱いなどという生ぬるいものではなかった。新開はただ、基本的に自分のテリトリーに入らない人間に対しての興味がとても薄いだけなのだ。荒北が新開のテリトリーにすんなりと入れたのは、恐らく福富と東堂が荒北に対して(当時はまったく対極だったが)強い想いがあったからこそだと荒北は予測する。
「ビアンキ……に乗ってるのか?」
「オゥ、悪ぃか」
「いや」
 新開は荒北以外のことはすべてつつがなく覚えていた。福富が金城にしたこと。東堂の巻島への並みならぬ想い。自分とウサ吉との関係。急遽、朝練を中止にして新開の記憶の状態を確かめたが、まったく問題などなく、それらに関することをすらすらと抑揚なく話していた。なのに、今の新開は常々口にしていた荒北の名前さえ知らない。忘れた、のではない。新開の中で、荒北という人間など最初から存在すらしていなかったのだ。
「すまねぇな、荒北くん」
「ウッセ」
 福富も東堂もこれが嘘であればいい、と切に願った。荒北は他人行儀な話し方に鳥肌が立ちながら、いっそすべてを忘れていてくれたら良かったのに、と思った。しかしそれらを嘲笑うかのように新開は荒北に下の名前を訊ねる。何度もその唇で唱えた名前を、宿題でわからない問題があったからというような雰囲気で。
「靖友、荒北靖友だァ」
「やすとも」
 生まれて初めて口にした、という顔をして他人行儀な笑みを浮かべる。嫌な笑みだ。荒北は新開のその笑顔が嫌いだし、万が一にもそれが自分に向けられるだなんて虫酸が走ってしかたない。荒北はあからさまに眉を寄せ、ああもうお前なんて死んでしまえばいいのにと強い殺意を抱いた。もしくは都合良く自分自身も同じように新開のことだけを忘れてしまえたらと、夢のようなことを思った。



死んだ星が降ってきた
お題>背骨
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