荒北はなんのためらいもなく東堂をぶん殴ることが出来る貴重な人間だった。しかし荒北は別にそのことに対して何らかの優越感を抱くことはないし、むしろそのせいで少しばかり学校内で生きにくくなっているくらだ。というのも、東堂が嘘のように学校内でモテるからだった。この嘘のように、というのは正しく言えば漫画やドラマのように衝撃的な、という表現を簡単に言ったものであり、事実、東堂の人気は凄まじいものである。というかはっきり言ってしまうと箱根学園に勤務する職員すべてと在学する荒北以外の生徒すべてが東堂を好いているのだ。性別も年齢も立場も関係ない。誰も彼もが東堂が好きで、東堂に恋しているのだ。もちろん荒北が唯一尊敬している福富も、気を許している新開も。
「東堂様はみんなのアイドルだから」
 いつだったか、荒北が東堂人気にほとほと呆れ返っていた時に東堂ファンクラブに入会しているという女子がそんなことを言っていたことがある。荒北としてはお前らのそれはアイドルを愛でるってより神様を奉ってるみたいだけど、という気持ちでいっぱいだったが、福富も新開も泉田も黒田も真波も葦木場も、自転車競技部の仲間も東堂はアイドルだと真剣に言うものだから荒北は口を閉ざすほかなかった。日常会話や自転車についてなら、みんな悪い奴ではないというのに。荒北がそう思ってしまうのは仕方がなかった。
「尽八は可愛いから」「東堂は綺麗だ」「東堂さんは何て言うか、神様は神様でも女神様みたいっていうか」「あの人に触れられたら幸せで」「東堂さんは宇宙一です」これらは自転車競技部の仲間が荒北に言った、ほんの一部である。これだけでも頭が痛くなるが、最悪なことに荒北はクラスなどでも似たようなことを言われまくっているので、まるで学校ぐるみで宗教に勧誘されている気分だ。どちらにしろ、嫌なものは嫌だが。
 それでも荒北はどうにか自我を保って学校生活を送ることが出来た。例え学校内の誰もが「お前は頭がおかしい」と言われようとも、レースに出た時に他校の選手が東堂をダサいと言うのを聞ければそれで良かった。また自分が東堂に罵声を吐き、手加減をしているとはいえ暴力を奮っていることに対し「退学になりたいのか」と教師から圧力をかけられようが、東堂の愛すべきライバルである巻島が東堂を鬱陶しそうにしている限り、荒北は学校連中に負けまいと固く決意した。というか東堂のせいで退学だなんて、笑えたものではない。だから荒北は初めて東堂に出会った時から変わらずなんのためらいもなく東堂に罵声を吐けるし、東堂に暴力を奮うことも出来るのだ。
「荒北、好きだぞ」
 人生ってうまくいかねぇもんだな。いや、うまくいきすぎてんのか。まるで教科書に載っていそうなその言葉は、東堂から告白された荒北の感想だった。そう、みんなのアイドル東堂はなぜか、荒北に恋をしてしまっていた。
 別に東堂は初めから荒北のことが好きではなかったし、元来の性格のせいで自分が学園のアイドルとちやほやされることは苦になるどころか嬉しくて堪らなかった。それにみんなは東堂に恋をしていると言うが、なぜか東堂に告白だとか性的なことをしようとはしてこなかったし(ちなみにそれはファンクラブの規則や「東堂は聖域!」という想いなどから来ているのだが、東堂は知らない)。けれど東堂は、段々と荒北という自分を好きにならない存在が気になって気になってしょうがなくなった。なんせ荒北は、自分に対してウザいやブスやバカなど、酷い言葉ばかりを浴びせ、挙げ句の果てには手を出してくるのだ。東堂は今まで、そんな人間に出会ったことがない。いや、初対面でならあったが、そんな人間も気付けば自分を好きになっていたのだ。巻島などが自分を好きにならないのは、単純に向こうが自分をライバルとして見てくれているからだろうと冷静に分析する。しかし荒北は自分をライバルとして見ているようには思えない。何故だ、何故俺を好きにならない。気付けば東堂は荒北に夢中になってしまっていた。なんともベタな展開である。
「荒北、俺はお前が好きだ。俺を好きにならない、俺を罵倒する、俺に暴力を奮う、そんなお前が愛しいのだよ」
 荒北の部屋で東堂はうっとりと愛を謳う。たぶんここに福ちゃんとかいたらすごい騒ぐんだろうなと考えてから、いやまず俺が殺されるか、と荒北は溜め息を吐く。東堂はその溜め息を自分に向けてだと勘違いし、「やはり迷惑か?」と嬉しいような悲しいような、実に複雑そうな顔で荒北を見た。写メったら稼げそう。そう思ったことを荒北は黙っておいた。
「あ? ちげーよ別にお前のあれじゃねェよ。あ、いや、確かにお前からの告白には驚いたケドォ」
「そ、そうか。ならば、良かった」
 少し安堵する東堂に、荒北は振るべきか受けるべきか、一秒だけ考えた。そしていずれにせよ、自分に被害が来ることを予想し、やるせない気持ちでいっぱいになった。しかしちゃんと応えてやりたいと思う程度には、荒北は東堂を嫌いではない。
「……俺ァ別にお前のこと好きじゃねぇけどよ、嫌ってはねぇからな」
 ひとまず思ったことをそのまま口にすると、東堂は眉を下げながら口許を緩めるという奇怪な表情を作った。けれどそれでいい気がする。だいたい、荒北は別に東堂から付き合ってほしいと言われたわけではない。だから荒北はいつものように「ぶっさいくな顔ォ」という言葉と共に東堂の頭を拳骨をくらわせた。東堂はそれに痛いと涙目になりながらも、自分の好きな人が変わらず自分に接してくれていることに対して幸せそうに笑った。



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