高い高い坂を登りきり、坂道と頂上の景色を眺めながら真波は駄々をこねるように言った。
「あーあ、俺か坂道くんが女の子だったら良かったのになー」
坂道は飲んでいたボトルから口を離し、ぱしぱしとその大きな目を開閉させて隣を見た。しかし真波は戸惑う坂道にそう思わない? と同意を求めるように首を傾げてみせる。坂道は真波の唐突な会話の意図がいまいち掴めず、それでも否定をするわけにもいかないので、もしどっちかが女の子だったらどうなるの? と問いを投げてみた。すると真波は目を爛々と輝かせた。まるで山を登っている時のよう。
「だって俺か坂道くんが女の子だったら結婚出来るじゃん。結婚ってずっと一緒にいるってことでしょ? きっと俺も坂道くんも女の子として産まれたとしてもこうして自転車に乗って、登るのが楽しくて、ずっとずっと競争すると思うんだ。だから結婚すればずっと一緒に、ずっと競争出来るのになって」
夢のように甘ったるい理想に、坂道はもしも自分か真波が女の子だったら、ということを今一度想像し、そして坂道の頭の中でも真波の言葉と同じものが出来上がった。だから坂道は真波の満面の笑顔に負けないほどの笑顔で頷いてた。
「そうだね、きっと僕は自分が女の子だったとしても、真波くんが女の子だったとしても、今日みたいに一緒に登ってるんだろうね」
「でしょー? それに俺、坂道くんのこと好きだから大丈夫だと思うんだよね」
「ぼ、僕も、真波くんのこと、好きだよ!」
「うわー、今本当にどっちかが女の子だったら完璧に両想いなのに」
そう嘆く真波に、坂道は悪い気はしなかったが苦笑せざるを得なかった。それからふと、今の話の流れを打ち消してしまうようなことを考えた。
「でも僕はやっぱり、今こうして真波くんと登れることが大好きだから別に女の子じゃなくてもいいんだ」
思ったことをそのまま口にする。坂道はさっきとは違った、幸せそうな顔だった。真波はそれを見詰めながら、やはり坂道こそが自分の自転車人生において何よりも必要であることを実感した。そしてだからこそ、出来ればずっと一緒にいれたらいいのにと。
「そうだね、今だって楽しいもんね」
真波は笑う。坂道も笑う。かつて東堂が巻島と同じような会話をし、同じことを思ったとも知らず。二人は笑う。
子宮が足りないからだ
/受け継ぐクライマー(黒田除く)