「昔読んだ小説でさ、涙が宝石になる人間の話があったんだ。あと他にも真珠とか甘いお酒とか不老不死の薬とか。異様に涙が何かになる話が多くて……いや、単に俺がそういう話ばかりを読んでたのかな? だってそういった話はだいたいうつくしい」
 ペラペラと珍しく饒舌な幸村は洗面所で濡らしてきたタオルを俺の右頬に当てた。じんじんと熱を孕んでいた痛みにひやりとしたそれは気持ちが良く、一瞬俺の右頬を叩いたこいつを許してしまいそうになった。幸村はじっとこちらをまっすぐ見詰める。その目は自分には非などないと語っているようだ。
「てめーは、」
 文句か何かを言うはずだった口は開いたまますべてを言うことは出来なかった。額に薄い柔らかさを感じる。きっと幸村の唇だろう。「すまない」悪気など感じられない、しかし普段の穏やかさのせいでそれなりの重さを感じる謝罪だった。タオルを押さえている手を叩く。幸村は少し笑って俺の顔を覗きこんできた。
「最低だな、お前」
「はは、かな。でも俺は跡部の涙が小説みたく何かになるならそれは気になるし、それに理由がなんであれ、俺が原因で跡部が泣くなら見たいよ」
 すい、と真っ白な指が目の下を撫でる。思わず幸村の名前を呟いてしまったことには後悔した。けれど幸村はそれについては特に追及せず、代わりに「でも俺が死んだら泣かないでくれ」そう溢した。先ほどまで幸村が死んだら泣いてやろうと思っていた分、少し焦ったが幸いなことに気付かれてはいないらしい。それにしても、なんとも我が儘な男である。
 幸村が先ほど右頬に当てていたほうとは逆側のタオルを再び当ててくる。「早く俺のために泣いてくれ」祈るような声に、お前は俺のために泣かないだろうという言葉は結局胸の内に仕舞っておくことにした。



その水は偽物
お題>背骨
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