海へ行こう、そう言ったのは零だった。涯しか住んでいない廃屋同然のアパートの中、僅かに空いた穴から流れてくる風に震える。けれど零はさらりと、寒さなど感じていないかのように海へ行こう、と言った。実際、零はいつものジャケット姿でマフラーなどを巻いてはいなかった。そんな零とは反対に涯は、新聞にくるまって寒さに耐えている。しかしその唇はわかったと言葉を発した。零は涯にありがとうと言いながら、涯に手を差し伸べる。零の手は死体のように冷たかった。

 俺が誘ったから、という理由で電車代はすべて零持ちだった。しかし涯はその正当な理由のお陰で特に胸を痛めることもなく、電車の窓から夕焼けを眺めていた。それと電車の中が天国のように暖かくて、とても眠たかった。零は涯の隣に腰掛けたまま、目的地は終点だから寝ていいと言ったが、結局涯が眠ることはなかった。
 終点に着き、零と涯はさっさと電車から降り、駅のすぐ傍にある海へと真っ直ぐ向かった。時間帯と季節のせいで零と涯しか人間はいない。辺りはすっかり真っ暗で、海に来たのに海特有の青も消え去り、そこはただただ黒かった。まるで宇宙のようで。
 海に行こうと言い出した零は涯の隣で、海へ来てからまだ一度も言葉を発していない。だから涯も黙ったまま。かすかに聞こえる波音と砂浜を歩く二つの音しかしない。それでも涯は文句を言うこともなく、ただこの誰かを助けなければ生きていけないと嘯く孤独な少年がどこかに行ってしまわないように見守っていた。きっと、涯がいなければ、零はこの海へと消えていたのだから。そんなこと、涯には一つも関係無いのだけれど。
 潮風が鼻の奥を刺激し、北風が頬をピリピリと刺激する。
「寒いね」ぽつと漏れた声に、涯は声を出すのも億劫で、けれど無視するわけにはいかないので頷くだけにした。それから、そういえば冬に入ってから彼が寒いと漏らしたのはこれが初めてであることに気付き、とりあえずこの寒い中海へと来た甲斐はあったなと涯は思うことにした。それにしても、ここは死んでしまいそうなほどに寒い。



ぼくらは人間なので
/企画提出文
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -