朝、目が覚めたら枕元に青い色のビー玉が2つ転がっていた。昨晩、眠りに就いた時にはこんなものはなかった。第一仁王はビー玉を集める趣味などない。まだ少し寝惚けた頭で、きっと弟が置いたのだろうと予測する。弟も弟でビー玉を集め、あまつさえそれを誰かの枕元に置くような趣味はないのだが。
 段々と覚醒していく意識のまま、じい、とビー玉を見詰める。青い、この世にある青色、それもとびきり美しい青色だけを凝縮したような、そんなビー玉だ。しかもそれが2つ並んで。仁王はまるでそれが人間か人形の目玉のようだと思った。

 ころん、ころん、仁王が動くたびにズボンポケットの中で2つのビー玉が転がる。仁王は学校に行くまでに弟にビー玉のことが聞けずにいた。どころか、誰にもこのビー玉の話をしていない。別段、家族だから話さなければならない訳でも、なんでも話さなければならない訳でもないので特に気にはしない。しかし仁王は、なぜこのビー玉のことを秘密にしたがる自分がいるのか不思議で仕方なかった。現に、万が一家族に見られたくないからと、学校にまで持ってきてしまったのだから。
 ポケットに手を入れる。指先に感じる丸みに安堵する。こんなもの、今日初めて見たのに、今日初めて触れたのに。仁王の瞼の裏ではビー玉の青色が広がる。とても美しくて、とても息が苦しい。

 昼休みはいつものようにテニス部員のレギュラー陣と食堂で昼食を摂った。その間もポケットに感じるビー玉に安堵しつつ、けれど、いつ誰かにこの存在を知られたら、と考えてひやりとする。あまり生きた心地がしなかった。
「そういえば、氷帝から練習試合の申し込みが来たんだけど」
 ふと、みんなに語りかけるように、けれど真田と柳だけを見詰める幸村の言葉に、仁王は心臓を素手で鷲掴みされたような感覚に陥った。もちろんそんなことを周りに悟らす仁王ではないので、誰も仁王がそんな状態であることはわからない。だから仁王は、乗り気な真田たちの中で、あえて空気を読まずに「ちょっとトイレに行くぜよ」と席を外した。誰も仁王を気に留めてなどいなかった。ただポケットの中にあるビー玉がやけに冷たかった。

 こんな日に限って空には雲が1つも見当たらない。仁王はトイレには行かず、立ち入り禁止場所である屋上へと来ていた。がしゃがしゃ音がうるさいフェンスに凭れたまま座り、ポケットからビー玉を取り出しす。
 ビー玉は朝と変わらず、美しい青色を称えたままだ。そう、この空のように。とビー玉と空を見比べる。ビー玉はまるで空から落ちてきたかのように同じ青色だった。そしてそれは、氷帝にいる王様の目と同じ色で。
 こくり。一瞬、仁王はそれがなんの音かがわからなかった。けれどすぐに、それが自分が唾を飲み込んだ音だということに気付いた。なぜかはわからないが。
 仁王は跡部のことを思い出す。傲慢な人間である。傲慢で豪華な人間である。けれど確かに強くて、そして誰にも真似出来ない目を持っている。仁王でも、真似出来ない目を持っている。いわゆる、選ばれた人間。
 ころん、ころん、手の中で2つのビー玉が転がる。ああそうだ、このビー玉は跡部の目によく似ているのだ。
 じい、とビー玉を眺める。その仁王の表情は、仁王自身もわからない。ただ、あまりいい顔をしていないことだけはわかる。仁王はそんな自分を嘲笑し、ビー玉をコンクリートの床に落とした。甲高い悲鳴のような音を立てて、ビー玉はあっさりと割れてしまった。仁王はさらにそれを上履きを履いたまま踏み、粉々になるまで続けた。意味など、仁王にもわからない。むしろ仁王は、この行動に、この気持ちに相応しい名前を誰かに正しく教えてほしいくらいだ。
 ある程度踏み、足を退けるともう原形がなんなのかわからないまでに粉々になっていた。試しに触ると、ざりざりとした感触が指先に伝わる。仁王は何故だか泣きたくなったが、どうにか涙腺を止め、代わりにその指先に付いた粉々のガラスを口に含み、唾と共に飲み込んでしまった。味はしない。むしろ不味い。けれど仁王は少しだけ心が満たされていくのを感じた。
 空を見上げる。さっきまで雲1つなかった青空に、小さく真っ白な雲がぽつりと1つ浮かんでいた。「ざまぁみろ」その呟きは仁王の耳まで届かなかった。



オールブルーブルー
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -