「実は俺はお前がちょっとだけ怖い」
 二人きりの部室のなか、坂道は窓の外が橙色から紺色へと移り行くのを眺め着替えていた。すでに着替え終わり、鍵当番である今泉はそんな坂道を待つべくベンチに座り、坂道の後ろ姿を眺め、ついついそんなことをこぼしてしまった。しまった、と思った時には坂道の肩がピクリと跳ね、着替えを中断して体ごと振り向いていた。大きな目は、今にも泣き出しそうなほどに怯えている。今泉はその目が怖かった。
「い、今泉くん、ぼ、僕、何かした?」
 おどおどした言葉からは自分のせいで今泉が不快な思いをしていることを心の底から詫びる気持ちが滲んでいた。坂道は決して、相手が悪いとは考えない人間だから。そして今泉はそんな坂道が、ちょっとだけ怖い。恐ろしいと言ってもいい。一度こぼれた言葉は止まらない。
「何もしてねぇよ。お前は何もしてねぇし、何もしてねぇからこそ俺は、そんなお前が怖い」
「ど、ういうこと、かな」
「お前は、なんで誰も責めない。なんで拒絶しない。なんで、そんなにも俺を、好きでいられるんだ」
 最後は本当に言いたくはなかった。何が悲しくて本人に「お前は俺が好きだ」ということを前提に話さなければならないのか。しかし言わなければ話は進まないし、何より、誰がどう見たって坂道は今泉が好きだったし、今泉も坂道が好きだった。今泉は黙って坂道を睨む。坂道はその鋭い目付きに怯えつつ、これはもしや自分が今泉を好きでいることが迷惑だと言われているのではないかと思った。そうだとするなら泣きたくなる。もはや坂道の頭の中では、今泉が坂道を嫌いだと言っていた。
「あ、うああああ! 今泉くん、ごめん、ごめんなさい!」
 まただ。また坂道は何もかも自分が悪いと決め、すぐに謝ってしまう。これはどう見ても今泉が変な質問をして坂道を困らせているだけなのに。坂道の元来の性格がこうなのは前から知っているが、それに掛けてきっと坂道は、何よりも大好きな友達に嫌われてしまうことを恐れている。嫌いになるはずがないのに、むしろ今泉のほうが、いつか坂道からの無償の好意を失うのではないか、嫌われるのではないかと毎日怯えているというのに。
「謝るな、小野田。つか、悪い。今の忘れてくれ」
 そんなことは不可能だと知りながら、ぎこちなく笑う。坂道はあと一歩で泣きそうな顔をして、まだ何か言いたそうにしつつ、自分にはわからない大事な友達の思いや考えを汲んで、こっくりと頷いて今泉と同じようにぎこちなく笑って見せた。その笑顔が今泉にはまた怖かったが、これ以上ややこしくしたくないのでそれを口にはせず、その代わり、先程のことなどなかったかのような口調で坂道に着替えるよう促した。夕焼けはもう沈みきってしまっている。



それが恐ろしいわけでして
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