テーブルの上には真っ赤な苺がふんだんに使われたタルトを乗せた皿が堂々と鎮座していた。そしてその皿から数センチ離れたところには湯気立つコーヒーが注がれたカップがあまり目立ち無さそうに置かれている。そのテーブルの様子を見下ろし、荒北はまるで今の自分たちのようだと向かいに座って苺タルトを携帯のカメラで撮影する東堂を一瞥した。パシャパシャと楽しそうに撮影する東堂はそんな荒北を気にも留めていない。何がそんなに楽しいんだか。また巻ちゃんとやらにメールすんのか。色々と言ってやりたい言葉はあったが、荒北は黙って東堂の撮影が終わるのを待つ。
「よし! 巻ちゃんにメールだ!」
 ひとしきり撮影を終え、東堂はわざわざ口に出しながら巻島へとメールを作成し出す。普段ならストーカーかと思うくらい巻島にメールを送っているからか、東堂は口笛を吹いているが指は異常に素早くボタンを打つ。その姿を眺め、荒北はいつだったか福富がたかが一行のメールを打つために1時間かかった話を思い出し、ふっ、と癒されたように笑う。
「む、荒北お前今、フクのことを考えていただろう」
 未だ何かメールの文章を打ちながら、東堂は少しにやっと笑う。しかし荒北はそんな東堂に「今巻島に長文メール打ってる奴に言われたくねーての」とそっけなく返し、それからメールが送信されるのを待たずに自分が注文したコーヒーを飲んだ。もはや湯気は消え去り、荒北の口に流れ込んだ時にはすでにそれはぬるくなってしまっていた。
 明日のオフに出掛けるのだが、一緒に行かないか。そう東堂に誘われたのは昨日の昼休みがもうすぐ終わるという時間帯だった。共に昼食を摂っていた福富と新開が次の授業が体育だから、ということでいつもより早く抜け、成り行きで二人きりになってしまった時だったので荒北はその、二人きりになるこの瞬間を狙っていたかのような東堂の言い方に驚いた。けれど東堂はいつものようにテンションが高いだけで何も変ではない。自分の考えすぎだろうか、と荒北は考えながらなんで俺なの、とごく自然な疑問を投げた。
「いや、なに、単純に明日空いてるのがお前くらいしかいないのでな」
「おめェそこは正直に言うなヨ!」
 突っ込みつつ、けれど東堂の口から「お前と出掛けたくて」などと歯が浮くような台詞が出なくて良かった、と安堵する。それから荒北は東堂に行き先を訊ね、そこが最近出来た大型ショッピングセンターであることを知り、ちょうど行こうかと思ってたしまぁいいかという軽い気持ちでお誘いを快諾した。東堂は荒北が快諾したことに対し、本当か!? ドタキャンとか無しだからな! と子供のように喜び、そのままタイミング良く鳴ったチャイムと共に自分のクラスへと消えていった。何がそんなに嬉しいのか荒北にはよくわからなかった。
 そして当日になり、ショッピングセンターに着き、色々な店を回る途中で荒北がようやく東堂がここに来たがっていた理由を知らないと気付いた頃、そこで東堂は行きたい店があると言って荒北の腕を引っ張ったのが、見た目が昔のお城のようなケーキ屋だった。うげ、と顔がひきつる荒北に対して東堂は意気揚々と「姉貴が行って感想を送れと五月蝿くてな!」と言い放ち、そのまま嫌がる荒北を無視して店内のカフェスペースに行き、ケーキを頼んだ。荒北がコーヒーを頼んだのは、東堂が勝手に荒北の分のケーキを頼みそうだったからだ。店内にいる店員を含む人間が時間帯的に少ないことだけが荒北にとってせめてもの救いである。
「うむ! 上手いぞ荒北!」
「あーそー……」
 もっとちゃんと東堂に話を聞くべきだった。店に入ってから何度も繰り返す後悔に荒北はうんざりしながら、メールを送信し終え、女子のようにきゃいきゃいとはしゃぎながら苺タルトを食べる東堂を心底恨めしく睨んだ。ついでに離れた席で東堂を見て静かに騒ぐ女性客にも苛立ったので睨んでしまった。何が悲しくて俺は男同士でケーキ屋に入らなきゃなんねぇんだ……。ぬるくなったコーヒーをぐい、と飲み干す。身体が早く店を出たいとそわつく。
「荒北、一口いるか?」
「いらねー」
「そう言うな。というかそんな人を殺しそうな顔でケーキを見るな、可哀想だろ」
「誰のせいだと思ってんだヨ!」
「まぁまぁ。あ、あとでフクと隼人に土産を買おうではないか!」
「……とっとと食えよ、おせぇ」
 福富と新開にお土産、という言葉で荒北は少し表情を和らげた。そしてそういえば福富は意外と甘い物が好きであるということも思い出し、早くケーキ屋から出たいことには変わりないが、見るくらいならいいか、と心に余裕が生まれた。自分でも単純だとは思うが、そうでもしなければやっていけない。荒北は頭の中で福富の好きな果物が林檎であることを確認しながら、少し離れたところにあるショーケースを見詰める。
 東堂はそんな荒北の分かりやすい変わり様を眺めつつ、もしも先ほど巻島に送ったメールがデートだと自慢するものだと告白したら、本当は荒北と二人きりで出掛けたいがために色んな嘘を吐いたと白状したら。そうしたらいったいどうなるだろうと考えながらフォークに突き刺した苺を食べた。甘酸っぱい果肉が口の中いっぱいに広がり、さっくりとしたタルト生地との相性が良い。ふと、このほどよい甘さが店を出てもまだ口の中に残っていたらお裾分けとしてキスの1つでもしてやろうと思い付き、東堂は苺タルトが上手いと言った時とはまた違った意味で笑った。頭の中ではいつも電話で聞く、巻島のため息が聞こえてくる。



これだから愛せないのだ
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