「わりィ、明日出掛ける話無しにしてくんね?」
 新開、ちょっと。そう靖友の部屋へ呼ばれた時からなんとなくそう言われる気がしていたので特に傷付くこともなかった。というのも、今日の部活中に寿一が靖友に明日にでもレースを観に行かないかと誘われていたからだ。その時俺は泉田からの後輩らしい質問に応えながら、きっと靖友は寿一の誘いを断ることなんてないだろうと思っていたので、少し申し訳なかったがそこにいた泉田に明日一緒に走るか? と一応誘っておいた。素直に喜ぶ泉田に小さな罪悪感が芽生えたが、結果としてやはり明日の予定が空いたので結果オーライということにしておく。それに、泉田と走るのも好きだし。
「ん、了解。寿一と楽しんでこいよ?」
「おう」
 なぜ寿一と出掛けるのを知っているのか、なんてことを靖友は聞かない。だってこんなことは今までに何度もあったことだし、それに俺も同じ理由で靖友との約束を破ったことがある。あと靖友には言ってないが、この間勝手に寿一に靖友との関係を喋ってしまった手前、あまり口出しも出来ない。元から寿一相手に嫉妬なんてしたこともないからそもそも口出しも何もないが。
 ふと、もしも俺がここで嫌だと言ったらどうなるのだろう、という邪な考えが頭に過った。しかしすぐに、例え冗談だとしても靖友はすごく嫌がるだろうし、何よりもどうすればいいのかわからないと、迷子になった子供のような顔をしそうだったので止めた。けれどこの関係がもっともっと深くなり、靖友がずっと俺と一緒にいてくれるという確証が出来たら一回くらいは言って、困らせてみようと思った。
 俺がそんな嫌らしいことを考えていることも知らず、靖友は「お前も明日来るか?」と訊ねてきた。
「いや、いい。とても魅力的な誘いだけど、寿一から誘われてねぇしな。あと明日は泉田と走るんだ」
「あっそ。つかお前、泉田ばっか贔屓すんなヨ。泉田以外もお前に憧れてるやつとかいんだし」
「なんだ、妬いてるのか?」
 言ってから、そういえば俺は寿一以外だと結構こういうことを言っていることに気付いた。けれど靖友の反応はいつも面倒臭そうなものばかりで。今も。
「なァんで妬かなきゃなんねぇんだヨ」
 顰めっ面でそうはっきり言う靖友に「そうだな」と苦笑が漏れる。するとそれさえも気に障ったのか、頬をつねられた。跡が残ればいいのに。でも跡が残ると明日泉田が騒ぐだろうなぁ。靖友の指が離れる。少し名残惜しい。とか。
「なに寂しそうな顔してンだヨ」「……してたか?」
 まさか顔に出ていたとは。恥ずかしい。靖友は呆れた顔をしている。あ、たぶんもう一回明日のこと言われる。そう予感した時にはすでに靖友の口から「やっぱ明日お前も来るか?」と吐き出されていた。違うのに。でも本当のことを言ったら言ったで怒られそうなので胸の奥に仕舞っておく。
「いい。本当に大丈夫。だから気にせず楽しんでこいよ」
 本心からの言葉だったが、先程の『寂しそうな顔』のせいで説得力がなかったらしい。靖友の訝しげな目線が痛い。というか俺がそんなことで拗ねるわけがないし、大体俺も行きたかったらちゃんと言うって知ってるくせに。まぁ、誤解させてる俺が悪いんだけれど。
 もう怒られること覚悟で正直に言っちまおうかなぁ。ぼんやりとそんなことを思い付きながら、つい、となんとなく靖友の手を眺める。ああ、そうだ。奪うようにその手を握る。
「構ってくれよ、そんなに気にするんだったら、今」
 がっちりと指と指を絡める。手を繋ぐなんて久し振りだった。咄嗟の思い付きではあったが、中々にいい案である。寂しいとか寿一に妬くとか本当にないけど、なんて言うんだっけこういうの。棚ぼた?
 靖友の大きな溜め息が聞こえる。「だからなんだよその文法はよォ」とかぶつぶつ呟く声も聞こえる。顔を見なくとも呆れられていることはわかった。けれど手を離す気もない。軽く繋いだ手を揺らす。幸せだ。
「おい新開」
「なんだ」
「……こんだけでいいのかヨ?」
 あまりにも衝撃的な言葉に、揺らしていた手を止める。それからゆっくりと靖友のほうを見ると、面倒臭そうにしながらもちょっと照れてる顔があった。ついでに靖友のほうからも指を絡めてきた。つまりこれは構ってもらえる、手を繋ぐ以上のことをしてもいいということで。
 幸せすぎて死にそうになる。ああ、もう、これだから靖友のことが好きで仕方ない。
「靖友はカッコいいなぁ」
 思わず息を吐くように呟いてしまう。すると靖友はそこで少し笑った。
「バァカ、福ちゃんのが何万倍もカッケーよ」



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