「お前は隼人に甘えすぎだ」
 箱根学園の体育は2クラス合同で行われる。3年生になった俺は東堂のクラスと共に受けることになっており、今はサッカーをしている最中だった。とは言っても、先ほどまで試合に出ていた俺と東堂は休憩中なのだが。まだ少し肌寒い風が汗ばんだ肌に気持ち良い。
「なんの話だよ」
「そのままだ」
 俺と東堂の目線の先にはサッカーの試合をするクラスメイトがいる。だが東堂の言葉のせいで試合を楽しんで観る、なんて余裕が無くなった。言い出しっぺの東堂もきっとそうなのだろう。いや、案外気遣いが得意なこいつのことだからもしかしたらだいぶ前からかもしれない。まったく、お前には何の関係もねぇ話だってのに。それでも関わらずにいられないのもまた東堂らしいな、とも思った。あまり言いたくはないが、普段はウザいが、いい奴ではある。砂ぼこりが舞う中でクラスメイトをぼんやり眺め、東堂が何も言ってこないのをいいことに俺はさっき名前が上がったやつのことを考えた。
 新開は、これまたあまり言いたくはないが、東堂に負けず劣らずいい奴だ。なんせ新開は付き合うとき俺に、福ちゃんを好きなままでいていいと言ってくれたのだ。もちろん新開と付き合うのだから、俺はそれなりに新開のことが好きではある。が、それと同じくらい福ちゃんを好きな自分を否定出来なかった。きっと福ちゃんへの好きと新開への好きとでは種類が違うのだろうが、それでも俺はどっちも同じくらい好きで仕方がない。だから新開に付き合ってほしいと告白された時、俺は無理だと答えた。福ちゃんも好きなんだ。きっと軽蔑されるだろうと思いながら言った。言った俺でさえ自分を軽蔑したのだから、そうなるだろうと思った。でも、新開はなんでもないように俺の手を取り、笑った。
「いいよ、寿一を好きなままで。というよりも寿一を好きでいてくれ。俺も寿一が好きだし、寿一を好きな靖友も大好きだからな」
 こんなことを言われてほだされないやつはいないと思う。というよりほだされた。新開がいい奴すぎだとか、新開に軽蔑されなかったこととか、まだ福ちゃんを好きでいてもいいこととか。そういうのがぐちゃぐちゃして泣きそうだった。新開は手を離さず、戸惑う俺を見て「変な顔。でも、好きだぜ?」とウィンクしていた。ムカついたが、救われた自分がいた。
 それから俺は新開と付き合ってなお、未だに福ちゃんを好きでいる。ちなみに福ちゃんは何も知らない。てか知らなくていい。福ちゃんは東堂みたいに目敏く見抜くとか似合わないし、何よりそのままでいてほしい。俺なんかのために福ちゃんの時間や思考が浪費されるなんて、最悪すぎて死にたくなってしまう。福ちゃんにはいつかの俺に言ってくれたみたいに真っ直ぐ前に進んでいてほしい。俺はそんな福ちゃんを追い掛けるのが好きだしお似合いだ。そして、新開はそんな俺でも好きだと言ってくれた。
 先ほどの東堂の言葉がリフレインする。別に言われなくともわかっている。むしろ自分でも甘えすぎているという自覚はある。それでも俺は自分からこの居心地のいい場所を手放すことは出来ない。それに、新開も俺を放すことはないだろう。新開はなんでもないように笑いながら、しっかりと俺の手を地味に握り締めているのだから。
「東堂」
 少しにやついたまま横のカチューシャを呼ぶ。東堂はなんだ、と顔をこちらに向け、怪訝そうな顔をした。うわ、女子に見せてぇな。
「俺たちはこれでいんだヨ」



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