小金井を中心に部員からレモンのハチミツ漬けを作って持ってくるように言われていた水戸部は、約束通り部員全員が食べれるほどのレモンのハチミツ漬けを持ってきた。練習を終えた部員たちはうまいうまいと口々に漏らしながら貪るように食べる。自分の作ったものを美味しいと言われ、水戸部は小さく笑い、そして思い出しようにカバンから小さいタッパーを出し、キョロキョロと辺りを見渡し、視界に入っている相田の元へと向かった。相田は練習メニューに夢中だったが、こちらに向かってくる気配を察し、タイミングよく顔を上げた。水戸部が、ふっと笑いかける。
「どうしたの、水戸部くん」
 水戸部が喋らないことを熟知していたので当たり前のようにそう言うと、水戸部は相田に返事をするために、小さいタッパーを差し出した。相田は首を傾げながらもそれを受け取り、蓋を開けた。中身は、部員全員が食べているものと同じ、レモンのハチミツ漬けである。相田は自分では到底作れない立派なそれに少し嫉妬をしながら、みんなにあげる分じゃないの、と訊ねた。しかし水戸部は、緩く首を横に振り、どうぞというふうに手を相田に向けた。
 正直、相田は困った。何故ならば、自分はこれを受け取る資格などないと思っているからだ。それに、水戸部の性格を考えれば、嫌味のためというわけでもない。なにより、水戸部の考えがわからないのだ。相田はうぅ、と唸る。
 そんな相田に、水戸部はどうにか、カントクもいつもお疲れ様ですという思いを伝えようとして、つい妹たちにするみたいに相田の頭を撫でてしまった。相田の目がまんまるくなって、水戸部を映す。水戸部は伝われ伝われと必死に思いながらも、相田のまんまるくなった目や柔らかな髪の感触に心拍数が少し早くなるのを感じた。
 けれど、相田はそんな水戸部の現状を知る由もなく、ただ水戸部は自分を労っているのだと賢い頭で導き出し、そして頭から水戸部の手を退けないまま、笑った。また水戸部の心拍数が少し早くなった。運動など、していないというのに。
「ありがとう、水戸部くん」
 水戸部はこの現象の正体を知らない。



ぼくはその名前を知らない
/企画提出文
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