真田には今年で10歳になる子供がいる。ちなみに血の繋がりはなく、しかもどのようにしてその子供と親子関係に陥ったのかを真田はすっかりと忘れてしまっている。毎日欠かさず書く日記にもそのことだけは記されておらず、真田はいつもそのことを思い出そうとするたびに頭が痛くなり、ついには熱を出して寝込んでしまう。鍛練が足りないのだ、と思い竹刀を振る数を増やしたりするが、一向に改善には向かっていない。ちなみに家族や一番の友人である幸村と柳はその話題になると苦笑いを浮かべるだけである。
 そんな真田の唯一の悩みであり、義理の息子である跡部は最近テニスにのめり込んでいた。というのも、いつものように親戚のお兄さんよろしく跡部を可愛がっていた幸村が「真田はテニス強いけど俺には勝ったことないんだよ」とあっさり言ってしまったが為だ。跡部はその話を聞いた時、素直に驚いた。普段は喧嘩しかせず、態度も悪い跡部ではあるが、一応父として尊敬はしている真田はスポーツ万能であり、そしてまだまだ小さな跡部の目にも真田の背中は勝者という文字がとても似合っているように映っていたのだ。そんな真田にも完全に勝てない競技が存在する。まさに天地がひっくり返りそうな出来事だった。そして、まさしく跡部の世界はひっくり返ってしまった。
 真田を負かせたい。跡部の心に、そんな欲望が顔を出し始める。跡部は幸村の言葉を思い出し、それから自分がテニスで真田を、幸村を負かす姿を想像し、たまらない愉悦感に浸った。主に敗者としての真田に対してだったが、それが跡部の中の負けず嫌いを大いに刺激した。それから、皇帝と呼ばれた父を見て育ったせいで培われた、王として生きるという使命も。
 それから跡部は幸村にテニスを習うようになった。元から可愛がっていたということもあり、幸村はとても喜び、さらには跡部の目標が真田の敗北する姿が見たいということを知り、柳の協力まで煽った。跡部としてはいつか幸村にも勝つつもりでいたが、とにかく今は真田だ、と柳に与えられたメニューをこなし、幸村と打ち合った。やはり初めはあまりうまくいかなかったそれが、元のポテンシャルが高いのと真田似の努力家が実を結び、跡部はメキメキと強くなっていった。幸村もにこにこで、柳もデータが取れて大満足である。ただ、何も知らない真田だけは年のわりに老けた顔をさらにしかめていた。
「跡部、最近のお前は幸村や蓮二と共に何か企んでいるようだな」
 夕飯時、真田は焼き魚を食べながら向かいに座る跡部になんでもないふうを装い、声をかけてみた。すると跡部は箸を置き(ちなみに跡部は洋食派なのだが真田が和食派なので中々食べることが出来ていない)子供らしかぬシニカルな笑みを浮かべて真田を睨んだ。真田の背筋が震える。この感覚は、自分好みの好敵手に出会った時とまったく同じものだった。跡部は指を鳴らしてからそのまま真田を差す。
「今から首洗って待ってろよ」
 人を指差すな、という小言を言う隙もなかった。真田は自分の口角がいやらしく上がっているのを自覚したのだ。背筋は相変わらず震えている。久しぶりに味わう緊張、そして喜び。身体の内側から、早くこの生意気な子供を叩き潰したいという叫びが聞こえる。
「……日程は蓮二に任せよう」
 なるべく顔に喜びを出さないようにしながら、耐えるように呟き、食事を再開させる。跡部もそれに倣い、魚の小骨を綺麗に取り除いていく。真田はその様子を一瞥し、早く大きくなれという願いを米と共に飲み込んだ。



最後に食べる
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