いまいずみくん。ハキハキとした声なのに縺れたように聞こえるのはいったい何事か、と今泉は廊下を歩いている途中で立ち止まり振り向いた。振り向かなくとも相手が誰かなど分かりきっているのだが。案の定、その3メートルほど先には坂道がいた。今泉が立ち止まったことにより、こちらへと走ってくる。転ばないか不安だ。
「いまいずみくん!」
 そんな不安を他所に、転ぶこともなく無事に今泉の元へ来た坂道に顔には出さないように安堵する。それから先にも感じた、ハキハキとした声なのに縺れたように聞こえる自分の名前に違和感を覚えた。近づいた分、縺れているというよりも、ひらがなで喋っている感が強い。
「どっか悪いのか?」
「? ううん、全然」
 体調を心配して訊ねたが見事に空回りする。どころか普通に坂道は喋っていた。坂道は不思議そうに今泉を見上げていた。こうなるとおかしいのは自分のほうではないかと疑いたくなる。
「どうかしたの、いまいずみくん」
 まただ。また聞こえた。しっかり聞いた。坂道に呼ばれた自分の名前がおかしなことになっている。前はこうではなかったはずなのに。友達、になれてから。
 今泉は自分の手の甲を摘まみ、痛みを実感して意識の確認をとる。大丈夫、ちゃんと意識はある。ヒリヒリと痛む手の甲を撫で、坂道を見下ろす。嫌な予感が当たりそうだった。
「小野田」
 名前を呼んでみる。ちゃんと、漢字で喋るように。けれど坂道は急に慌て出し、しまいには「いまいずみくん大丈夫!?」と訊いてきた。これはまさか。
「いまいずみくん今、僕を呼ぶの変だったよ!」
 やはりそうだった。今泉は再び手の甲を摘まんだ。今度は意識の確認ではなく、この浮かれた気持ちを沈めるためだった。だってそんな、たかだか友達に呼ばれただけで自分の名前が変に聞こえるだなんて、しかも坂道もまったく同じだなんて、そんな馬鹿な。



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