その日の昼休みに鳴子の姿がなかった。今泉は先に屋上に来ていた坂道にそのことを訊ねると、どうやら鳴子は授業中に寝過ぎている、という理由で職員室に呼ばれているとのことだった。なんともくだらない理由と、別に欠席しているわけではないという事実からため息を吐き、坂道の隣に座る。
「アイツは馬鹿か」
「まぁ、鳴子くんらしいよね」
 坂道のやさしい言い方に今泉は一瞬だけ、別に馬鹿と言ってもいいんじゃないかと思ったが、坂道が誰かを馬鹿にするというのが驚くほど似合わなかったので、ペットボトルの蓋を開け、水と共に飲み込んだ。その間に坂道は「いただきます」と手を合わせ、弁当を食べ出す。今泉は購買で買ったパンを開けながら、明日は弁当にしてもらおうとひっそりと決めた。
「あ、そういえばさ、今泉くんってウサギ、好きなの?」
 鳴子みたいに口に食べ物を含んだまま喋らない坂道の声ははっきりと今泉に聞こえた。鳴子は坂道のこういったところを見習えばいいのに。今頃職員室で説教されている赤色の同級生を頭に浮かべつつ、今泉はパンを飲み込む。
「、なんだ、急に」
「あ、その、昨日寒咲さんとこの自転車屋さん行ったら、寒咲さんが今泉の昔の写真見せてくれて。で、今泉の私服の全部がウサギのTシャツだったから」
「あいつ……」
 自転車オタクな幼馴染みへの怒りを露に呟くと、何も悪いことをしていない坂道が慌てながら「ご、ごめんね! 今泉くん!」と謝ってきた。すぐに今泉はお前は悪くないと言い、しかし怒りが収まらないのか八つ当たりをするようにガツガツとパンを食べた。そんな様子を見せられ、もしやこれは触れられたくない話題だったのだろうかと坂道は誰が見ても明らかなほど焦っていた。と共に、ここに鳴子がいなくて良かったと心底思った。今泉の、パンを飲み込む音が響く。
「い、今泉くん……」
 名前を呼べば、幾分か落ち着いた今泉と目があった。それでも坂道は思わず肩を跳ねさせてしまう。その姿に、今泉はちょっとだけ反省した。
「……別に、怒ってないからな」
「そ、そうなの?」
「まぁ正確には寒咲には怒ってる。ったく、勝手に昔の写真見せやがって」
 その言葉を聞き、坂道はようやく今泉が自分に怒っておらず、また寒咲への怒りの理由が坂道に勝手に昔の自分の写真を見せたことだったので、安心し、そして、昔から今泉くんはカッコいいんだね、とは言わないでおいて良かったと安堵した。
「勝手に見て本当にごめんね」
「……もういい」
「あはは……あ。で、今泉くんはウサギ好きなの?」
 話題を変えるためと、最初の質問を再度するため、坂道はもう一度訊ねた。さすがに今泉も今度はちゃんと答えようとする。
「いや、別にウサギが特別好きとかじゃなくて、単純にあのメーカーが好きなだけ」
「へぇ。そんなウサギのTシャツだけ作ってるメーカーがあるんだ」
「俺もよく知らんがな」
 よく知らないと言う割には詳しそうな気がする。だが坂道は先ほどの今泉の怒った顔を思い出し、あまり突っ込まないほうがいいだろうと判断し、代わりにふと思ったことを口に乗せた。
「今泉くんってウサギに似てるよね」
 今泉は噎せた。噎せるしかなかった。ここに鳴子がいれば、爆笑か盛大な突っ込みが入っただろうが、残念ながらそれもない。坂道は噎せた今泉に、大丈夫かと原因であることを知らずに心配する。けれど、今泉のほうが、坂道が、坂道の頭が心配だった。そしてとても反論したかった。ウサギに似ているのはどう見たってお前だろう、と。



うさぎのきもち
/別に今泉は坂道を可愛いと思っていない
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