いいな、と幸村の漏らした一言は淀みなく跡部の耳へと入り、それから跡部は反射的になにがだ、と聞き返した。幸村は跡部の言葉に、あっ、と驚いたような顔をした後、今更ながらに手で口を覆った。そんなことをしても言葉が消えるわけでもないのに。いや、幸村に似合った仕草ではあるが。そこまで考え、跡部は今はそんなことを考えている場合ではないことを思い出し、すぐに幸村の口を覆う手を剥がした。
「なんか不味いことでも考えてたのか? あーん?」
「不味いことなんて考えないよ」
「じゃあなんだよ」
 剥がした手から離すと、そこまで力を入れたわけでもないのにうっすらと幸村の白い手に跡が着いた。真田辺りに見付かったら厄介だ。眉を寄せ、早く消えればいいと思う跡部を幸村は自分のせいで機嫌を悪くしていると勘違いし、すまないと謝る。跡部はすぐになにに対する謝罪かがわからなかった。
「いや、違うんだ跡部。別に不味いことややましいことを考えていた訳じゃないんだ」
「……あぁ、だからなに考えてたんだよ」
 幸村の謝罪を理解し、跡部は促す。幸村はとても言いたくなさそうだった。こんな幸村は珍しい。
「跡部、手塚と試合をしただろ」
「あぁ」
「すごい試合だったって聞いてる。真田も、あれはいい試合だったって言うくらいだった。けど、俺はその試合を観ていない」
「まぁ、お前入院してたからな」
「観たかったんだ!」
「……俺様と手塚の試合をか?」
「そうだよ! だってみんな観てるし、真田と柳と赤也があれはすごかったって話されても俺わかんないし、なのにビデオに撮ってもないし! もう! いいな!」
 ぱちくり。突然の幸村の叫びに、跡部は目を見開くことしか出来なかった。なんせ幸村が、あのいつも余裕ありげに優雅に微笑んでいる幸村が、跡部と手塚の試合を観たかったと駄々をこねているのだ。しかも幸村はあまり他校の試合に関心など持たない。どころか、跡部はてっきり、幸村は自分に対して言うほど興味がないだろうと思っていただけにどうリアクションを取ればいいのかがわからなかった。
 それでも、気分が悪いかと聞かれれば、そんなことはまったくないのだが。
 あー、と跡部は少し気まずくなりながら頭を掻く。氷帝の王様のこんな姿も珍しい。幸村はその価値に気付くことなく、先ほど思っていたことを爆発させたお陰で言いたくなさそうだった態度が開き直り、拗ねていた。うっかり可愛い、と跡部は思ってしまった。
「そんなにも観てぇのか?」
「観たい」
「……んじゃあ、今から観るか?」
「え、いいの?」
「いいに決まってんだろ。いや、むしろ観ろ。観やがれ」
 だんだんといつもの調子を跡部が取り戻すと共に、幸村の機嫌も治っていく。その姿もまた、跡部は可愛いと思ってしまった。

 ちなみに試合を観終えた幸村が真っ先に跡部に向かって「俺だったらこの試合三十分くらいで終わらせるのに」と言って気まずくさせることをまだ二人は知らない。



それは神の言葉
お題>花眠
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