朝の練習終わりに「話がある」と呼び出されたので実渕は呼び出した本人である赤司があらかじめ人払いしておいた生徒会室にやって来るまで生きた心地がしなかった。試合中に負けてしまうかもしれないと思った時以上に心臓が忙しなく動き、実渕は落ち着けるために椅子に座ったまま深呼吸をする。ちなみにその間にもう一度だけ、自分が何か赤司の勘に触るようなことはしていないか、あるいは言ってしまっていないかを隅々まで確認した。しかしやはり何もわからない。実渕は死刑宣告を受ける犯罪者はきっとこんな気持ちなのだろう、と思った。
 扉の開く音がする。ギロンチンが落ちる音の間違いでは? と内心で嘲りながら見れば赤司が生徒会室に入ったところだった。そして後ろ手で扉を閉め、「待たせたな」と実渕のほうへと歩み寄り、よくドラマやマンガで理事長が座っているような椅子に座った。相変わらず無駄のない動きだ、と実渕は見惚れる。
「悪いね、少し先生に呼ばれていたもので」
「いえ、いいのよ。ところで征ちゃん、話って?」
 緊張のせいでうまく笑えない。表情筋が固まっている。だが赤司はそんなことなどまったく気がついていないというふうに実渕を見据え、それから早速本題に入った。
「玲央はよく恋の相談を受けるらしいな」
「え……あ、ああ、そうね、私自身もよく、恋をしているほうだし」
「恋はよくするものなのか? まぁいい。あながち僕が聞きたいことにも関係している」
「ど、どういうこと?」
「なに、ただ単純にお前に恋について教えてもらいたくてな」
 ここで実渕は危うく気を失うところだった。だが寸でのところで目の前に赤司がいることを思い出しそれは未遂に終わった。だからといって実渕の精神的苦痛に似た何かが癒えることはないのだが。
 それにしても、今我らが主将は何と言った? 恋について教えてもらいたい? 恋? 鯉ではなく? 実渕は頭の中が様々な疑問で埋め尽くされ、頭痛がする。しかも赤司は冗談を言っていないのだから始末が悪い。いっそ今すぐにでも「今のは冗談で本当はこの間お前がしたことについてなんだが」と言ってくれたほうが、まだマシだった。
「……征ちゃん、何で恋について知りたくなったの?」
 とりあえず実渕は自身を落ち着けるため、それと赤司の真意をより詳しく知るために訊ねる。赤司も特に何も言わず、淡々と答えた。
「この間赤司家の人間としてとあるパーティーに参加したんだが、そこで色んな人間に『今のうちに恋の一つでもしておけば人生経験の一つになって得だ』と言われてな。そしてそういえば僕は特に恋愛を禁止されたわけでもないことを思い出したから、これを機にしてみようかと思ったんだ。だが僕は恋をしたことがない。というより、僕は特定の人間を好きになる、という経験もない。一応本なども読んだが、所詮は知識でしかない。だから玲央、お前に聞いてみようと思ったんだ」
 模範解答を口にするようなそれに、実渕は先ほどとは違った意味で頭が痛くなった。だがやはり赤司は真面目に話をしている。ともすれば、こちらも真面目に返さなければならないだろう。
「征ちゃん、今から私もしかしたら征ちゃんが不愉快になるようなこととか、かなり主観的なこととかを言うかもしれないけど、いいかしら?」
「構わない。言ってくれ」
 赤司からの許しを得、じゃあ、と実渕はそれでも躊躇いがちに口を開く。
「あのね征ちゃん、恋なんてそもそも正解なんてないのよ。相手と子供を作りたいと思ったから恋、というのもあればただただ相手の顔が好きだから恋、というのもあるのよ。もちろん内面だけとか、相手の環境だとか。だいたい恋愛的に好きか、なんて何となくなことが圧倒的よ。よくテレビとかで理由を言っているけど、そんなものただのこじつけで、これが恋なんだと思えばそれは恋だし、違うと思えばそれは恋ではない。だからといって恋はするものではないと、私は思っているの。矛盾してるって思うけど、私はそう思っているわ。とてもベダだけれど、恋は落ちるもの。そう落ちるの。何かがすとん、と。その何かが落ちて、それからそれが恋なのかをだいたいで決めて、それから恋が始まるの。ただ好きなだけとは、少し違うわ」
 そこで実渕は赤司から目をそらし、口を閉じた。赤司はしばし待ち、これで終わったことを感じ、実渕の名前を呼んだ。実渕が赤司を見ると、慈愛に満ちた眼差しがそこにあった。
「ありがとう、とても参考になったよ」
「……いいのよ、気にしないで」
 ああきっとまだしばらくは赤司には恋は理解できないだろう、と実渕はため息を吐きたくなった。何故ならばここでの彼の眼差しは、例えば実渕が赤司のために試合中に相手を完膚なきまでに叩き潰したとしても同じだったろうから。それが少し悲しくもあり、それでこそ赤司とも思ってしまう。
 ふと、実渕はそういえば先ほど言い忘れたことがあることを思い出した。
「忘れてたわ征ちゃん。あのね征ちゃん、あと、恋って想像しているよりもとことん汚いのよ」
 捕捉として伝える。実渕としては本当に軽いつもりだった。だが、そこで赤司は笑った。口角が上がるように。また気を失うところだった。
「あぁ、それだけは嫌というほどに知っているよ」
 そう、嫌になるくらい。口に出さずとも伝わる声。なのに笑っている赤司。恋を知らないのに。恋をしたことがないはずなのに。実渕はそんな赤司を見詰め、赤司が子供のようなちゃちな恋でも出来ることを祈った。



恋をしなくとも愛してるは言える
/恋をしたことないけど汚いことは知ってる赤司
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -