期待したかどうかを訊ねられたならば恐らく紫原は首を横に振っただろう。何故ならば紫原は赤司が自分を親しいポジションに置いていないことを熟知していたし、紫原自身も赤司と自分とがとても親しい間柄だったとは思ってもいないのだ。それは他のキセキの世代にも言えることではあるだろうが、紫原は特に赤司に対してはそう思っていた。
 だから自身の誕生日も終わろうとしている夜に、赤司から電話がかかってきた時には紫原は思わず飲んでいた炭酸飲料を吹き出してしまい、教科書をびしょびしょに濡らしてしまった。ついでに器官にも炭酸飲料が入ったのか、噎せた。げほげほと咳き込み、唾を飲み込んで落ち着かせる。その間にも着信音はいつまでも鳴り続け、まるでいるのはわかっているから早く出ろ、と急かすようだった。紫原は面倒くさそうに携帯電話を取り、通話ボタンを押し耳に当てる。
「もしもし?」
「遅いぞ、敦」
 特に咎めるような声色でなかったことに紫原は安堵する。そしてそのまま紫原は空いている手でタオルを手繰り寄せ、濡れた教科書の水分を吸わせた。ふやけた教科書に少しだけ眉をひそめた。
「ごめんね赤ちん、今さっき飲んでたからさ〜」
「こんな時間まで炭酸飲料はあまり感心しないな」
「なんでわかんの?」
「敦は炭酸飲料が好きだろ」
 当たり前のように言われ、咄嗟に言葉が出てこなかった。変な間が空く。紫原は赤司相手に無駄な間が空いたことに気付き、早口になる。
「あ、いや、あ、赤ちんよく覚えてるね」
「そりゃあ、あれだけずっと飲んでいる姿を見ていれば、いやでも覚えるだろう」
「そ、だね」
 別に覚えていたくて覚えていたわけじゃない。そう言われた気がして、紫原は胃の辺りがむかりとするのを感じ、タオルをベッドに投げ付ける。それから首を傾げた。自分は何が気に食わなかったのだろうか。
「そういえば赤ちん、用件は〜?」
「あぁ、そうだった。いやなに、先ほどカレンダーを見た時にそういえば今日は敦の誕生日だったことを思い出してな」
「なに? お祝いしてくれんの?」
 思わずからかうように言ってしまったことを、赤司からのそうだ、の言葉で後悔した。思わず硬直する。しかし赤司は淀みなく、紫原のこと知らぬように淡々としていた。
「誕生日おめでとう敦。試合で会えることを楽しみにしているよ」
 あ、最後のはあの不敵な笑みなんだろうな。そう紫原が理解した時にはすでに赤司がじゃあ、と言って電話を切った音しかしなかった。ツーツーとしか鳴らない携帯電話を、それでも紫原は耳から離せなかった。それから、ぐわん、と視界が揺れたような錯覚に陥り、紫原は何が何やらな最中、とりあえず胃の辺りのむかりとしなくなったことだけを感じ取っていた。



きみとせかいのりんかくを、
お題>羽虫
/紫原おめでとう!
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