少し早いが、と前置きしたのちに跡部が渡したのは5つのルアーが入った箱だった。俺はその箱を受け取り、美しい色をした美しいルアーを眺めた。そしてこれだけ美しいのだから、きっと想像できないほどの値段なのだろうとも思った。確かにいい物にはそれ相応の値段がつけられることは知っているし、いい物が欲しいと思うのも当たり前のことではある。しかし俺たちはただの中学生であり、もっといえば、俺たちは友達でも仲間でもない。こんないい物を貰っても、正直言えば困る。
 だが、俺にはこれを受け取らなければならない理由があった。
「いいルアーだ」
「お前釣り好きだろ? 本当は山関係のやつにしようかと思ったけど、釣り関係にしといたぜ」
「そうか、すまない」
「気にすんなよ」
 いつものように綺麗に笑う跡部に、罪悪感が増す。いや本当は罪悪感などなかったのだ。何故ならば俺は何も悪くはないから。けれど大石や不二に言わせれば、跡部が可哀想、だという。そこから二人に説教され、この罪悪感は芽生えているのだ。なんだかこれのほうが跡部に悪いような気がしなくもない。
 俺の部屋の床に座る跡部は俺にプレゼントを渡し終え、しばし俺の部屋を珍しそうに眺めていた。その間に俺はルアーが入った箱を勉強机に置き、そして鞄からコンビニ袋を出し、再び跡部の向かいに座った。跡部の不思議そうな顔を無視し、袋からコンビニで売られていたケーキを出した。
「先日は誕生日、おめでとう」
 ケーキと付属のプラスチックフォークを跡部に渡す。本来ならばケーキ屋に行って買うべきなのだろうが、以前不二の口から弟がコンビニのケーキが美味しいと言っていた、と出たのを思い出したのでそうした。それに、きっと跡部のことだ。俺がどんなものを出そうと、最終的には家で世界一美味しいケーキでも食べているだろう。
 跡部はちゃちなケーキとプラスチックフォークをしげしげと眺め、そしてとても嬉しそうな笑顔を俺に向けた。今まで俺が見てきた中で、恐らく俺と試合をすると聞いた時の次くらいにはいい笑顔だ。こんなものでそこまで、と思ったが、黙っておく。なんにせよ、跡部が機嫌を損ねなかったのだから、いい。
「手塚は食わねぇのか?」
「いや、俺は遠慮しておく。それに……この間の詫びでもあるからな」
 この間、と言うと、跡部はケーキの蓋を取り、フォークの袋を開けながら気にすんなよとばっさり言った。しかし大石たちいわく、跡部の誕生日パーティーに招待されたくせにテレビで『日本の山』が放送されただけ(俺にとっては放送してくれた、だが)で欠席するのは如何なものか、と説教されたので俺はもう一度すまない、と詫びた。しかし跡部はそんな謝罪もそこそこに、ケーキを食べる。そして、笑う。
「ふ、うめぇな」
「そうか、良かった」
 どうにか口にも合ったらしい。良かった。不味くて食えないと機嫌を損なわれたらこれまでが台無しだった。せっかく不二に「跡部に優しくしてあげなよ」と言われたことを破るところだった。安堵する。跡部はゆっくりゆっくり味わうように食べていた。たかだかコンビニのケーキなのに、跡部が食べているだけで高いケーキに見える。さすがは跡部だ。
「なぁ手塚、お前これ、俺にだけだよな」
「ん? あぁ、そうだな。コンビニのケーキなど、誰かにあげたりはしないな」
「そうか」
 なぜか跡部の機嫌がまた良くなる。何かあっただろうか。いや、何もない。あるとすれば、よほど跡部の口にコンビニのケーキが合ったのだろう。買って良かった。これで跡部への罪滅ぼしにもなるだろう。
 なぜか頭の隅で大石が頭を抱え、不二がため息を吐く映像が流れた。



手に入らないものひとつ
/跡部と手塚おめでとう!
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