「お前なんて宇宙にでも行ってしまえ!」
 誰の言葉だったか、もはや思い出せない。けれどそう叫んだ彼の顔には明らかに怒りしかなく、そして哀しみがあった。嘘も演技もない。本当に彼は怒り哀しんでいたのだ。相手のことは忘れたが、そのことだけは忘れられなかった。おそらくこういうところが俺のいけないところなのだろう、と跡部は思う。薄情者だという自覚は、とうの昔からあった。
 氷帝中等部を卒業し、跡部はそのまま氷帝を辞めてイギリスへ行き、さらにはあれだけ打ち込んだテニスもやめた。元から親とそういう話を着けていたというのもあるし、跡部自身もこのままではいけないのだと悟っていたからだ。唯一事前に事情を話していた樺地以外の氷帝テニス部レギュラーには何も言わなかった。いや、そもそも氷帝学園の生徒全員にも、試合をした他校の生徒にも、跡部は何も言わなかった。好かれているいないに関わらず、自分が他人に少なからず影響を与えていることを嫌というほどに知っていたからだった。
 イギリスへ行く日、おそらく樺地が漏らしてしまった情報を元に跡部邸まで見送りに来る者が集まった。中には泣きながら跡部を引き留める者もいた。行くな、と怒鳴る声も。けれど跡部はそれらすべてを蹴散らし、いつもの威風堂々とした態度で笑った。薄情者だと詰られようとも、跡部は跡部だった。
 そのときである。「お前なんて宇宙にでも行ってしまえ!」と彼に叫ばれたのは。
 あのとき、確かに彼は跡部の前に立ち、しっかりと跡部を睨んでいた。よく覚えている。跡部はその表情を忘れたこともないし、忘れられないのだから。しかしそれが誰なのか、日本を去って早くも二年も経つというのに、いまだ思い出せない。いっそ幻覚だったのでは、と片付けてしまいたくなる。それでも幻覚ではないと、確かな記憶力が囁く。
(宇宙、か)
 冷めた紅茶を啜り、もし本当に自分が宇宙にでも行ってしまえば、誰かわからない彼が現れてくれるだろうか、とひっそり想像し、跡部は一人きりの部屋の中で声を上げて子供のように笑った。



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