入ったカフェで零がアイスココアを注文すると、どうすればいいのかわからないと顔に書いたまま俯いて向かいに座っていた涯は驚きから思わずその顔を上げた。しかし零はそんな涯の反応に気付いていないのか、はたまた気付いた上でスルーしているだけのか、涯は何を飲むんだとメニューを指差す。その一言により自分の注文を待っている店員の存在を思い出し、涯は早口で抹茶オレを注文し、またすぐに顔を俯かせる。店員は慌てた様子の涯を気に止めた様子をおくびに出さず、以上でよろしいでしょうかと確認し、零が大丈夫ですと言ったのをしっかり聞いてからテーブルを離れていった。店員の気配が遠退いたところで、涯は顔を上げ、そして苦笑する零と目が合った。
「……なんですか」
「いや、涯の反応が面白くて」
 まるで犬の行動を観察してその感想を言うような言い方に、涯は思わずぎろりと睨んだ。だが零はそれに怯むことなく、代わりに「まぁまぁ、今日は俺の奢りなんだから」と宥めてきた。ずるい。奢りという単語で睨むのを止めた涯は、ひっそりと胸中で悪態を吐く。そしてついでに、何もカフェに入らなくても、と今さらな文句も付け加えておいた。
 そもそも涯は今日カフェに行く予定などなかった。というよりも涯の性格的にも金銭的にもカフェに行く、などという発想自体が存在しない。なんといったって涯は健全な中学二年生であり、その上以前ボロアパートに住まわせてくれた池田と今一緒に暮らしている厄介者でもあるのだ。そんな身でカフェなど、縁遠い。
 そんなわけで恐らくそう近い将来の内にカフェへ行く予定は涯になかった。だがそんな涯を嘲笑うかのように、零は涯をカフェへと連れていった。理由はわからない。ただ涯が休日にシャーペンの芯を買いに行ったら偶然零に会い、そして零が何か飲み物でも奢るよ、と朗らかに言ったから、思わず着いてきてしまっただけで。
 一頻り思い出し、結局はのこのこ着いてきた自分が悪いということに気付く。それに零の飲み物を奢るという言葉に嘘はないし、だいたいそんなにもカフェが嫌だったなら入店する前に拒否すれば良かったのだ。他人に優しい零ならば、あっさりと受け入れてくれただろうに。
 涯はため息を吐き、手を拭く零を一瞥しながら、とりあえず幸いなことに自分は学生服でなく、周りには(たぶん)知り合いもいないようなのでここはちゃんと零の厚意に甘えようと決めた。それでもどうすればいいのかわからない、というよりも気恥ずかしさはすぐに消えないが。
「零さん、あの」
 せっかく奢ってもらうのだから、退屈させてはいけない。そう思い立ち名前を呼んだところでタイミング悪く店員がアイスココアと抹茶オレを持ってやって来た。あまりのタイミングに思わず店員を睨んでしまいそうになったが、零がスムーズに店員にココアは自分で抹茶オレは涯の注文であることを言っていたので、止めた。それと同時に、自分の不甲斐なさをひしひしと感じるばかりだ。なぜ自分はこうもうまくいかないのだろう、と。
 涯が落ち込んでいる間に店員が二つのドリンクを置き、そしてごゆっくり、と常套句を言って去っていく。零はストローの袋を開けながら、「涯は抹茶が好きなのか?」と訊ねた。落ち込んでいた涯は一瞬だけ反応に遅れ、すぐに答えようとして申し訳なさそうに眉を下げた。
「すいません、もう一回言ってくれますか?」
「あ、いや、涯は抹茶が好きなのかって聞いただけでそんな気にしなくても…」
「すいません……」
「うん、気にしなくていいから」
 で、好きなの。
 三回目の問いに、ようやく涯は頷く。
「特別好きってわけではないんですけど、コーヒーとかよりは……」
「へぇ、なんだか意外だな」
 そう言いつつ、ココアの上に乗った生クリームをストローで混ぜる零を見て、涯は会話を繋げたいという気持ちも相まって「俺も意外です」と主語を抜かしてしまった。ガシャガシャと氷とグラスの当たる音がする。零はきょとんと涯を見詰める。
「ん? 何が?」
「あ……その、ぜ、零さんがココア好きなの、が」
 主語が抜けていたことに羞恥を覚えつつ、涯がココアを指差すと、零が、あぁ、と納得したように笑う。
「俺も特別好きってわけじゃないんだけどな。この間久々に飲んだら美味しくて、つい」
「そう、なんですか」
「うん。なんかカフェでココアとか、って思ってたけど、侮っちゃダメだな」
「へぇ……」
 生クリームが溶けたのか、零はココアを飲み出す。涯もストローの袋を開け、取り出したストローを抹茶オレに差して飲む。独特の苦味にミルクの甘さが混ざってちょうどいい味だった。「美味しい?」正直に頷くと、零は良かった良かったと安堵する。別に零さんが作ったわけではないのだからそこまで気負わなくても、と涯は思ったが、零の性格を考えたら気にするかもしれないと思い直した。大変だな、とも思った。
 抹茶オレを味わいつつ、涯は気になっていたことを聞く。
「零さん、なんで今日は俺をカフェに連れてきたんですか」
「いやだった?」
「いえ、単純になんでだろうかと」
「あー……いや、くだらない理由というか、なんというか」
 ここにきて曖昧に誤魔化そうとする零に、涯は首を傾げざる得なかった。だがそれが逆に零を追い詰めたのか、零は目を泳がし、「が、涯と仲良くなりたくて……」と照れ臭そうにはにかんだ。涯は空耳かと思ったが、零の耳が少し赤いのを見て、空耳ではないということに気付き、そして自分の耳も熱くなるのを感じた。



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