幸村さんと一緒に桜の木を見に行った。とは言っても今は秋だから、桜の花は当然ながら咲いてなどいない。行く前にそのことを言ったら、幸村さんはそうだねぇとわかっているのかわかっていないのかいまいち判別しにくい笑顔を浮かべ、とりあえず行こうかと私の手を引っ張った。その私の手を引っ張る幸村さんの手は、秋風よりも冷たかった。

 幸村さんの家から一番近い公園に桜の木が植えられていた。花は咲いていない。緑色の葉っぱも見当たらない。花見のしがいのない、桜の木と知らなければただの木同然。幸村さんの隣でその閑散とした桜の木を見上げ、まるで私を見ているみたいだと思った。幸村さんはいまだ冷たい手を離してくれない。
「何にもないね」
 儚げに、でもはっきりとした幸村さんの言葉は嫌いではない。彼にとても似合うから。私は幸村さんの手が少しでもあたたかくなればいいのにと手を強く握り、そうですねと先ほどの自分の考えを重ねた上で、しっかり頷いた。幸村さんがこちらを見ている気配はない。
「俺さ、咲いてる桜も好きだけど、咲いてない桜も好きなんだ」
「どうしてですか」
「俺を見ているみたいだから」
 そこで私は桜の木から隣へと顔を動かした。幸村さんは桜の木を見上げたままで表情がわからない。「俺も、花を咲かせなければ何にもないよ」花、とはテニスのことなのだろう。あまり頭がよくないので断言できないが。
「私なんて、もっと何もないですよ」
「そうかな。竜崎さんには、花があると思うけど」
「花……」
「うん、君には花がある。君だけじゃない。みんなある。ただ、俺にはない」
「どうしてですか」
 また同じように訊ねてしまう。やってしまったと思ったが、今さら取り消せない。幸村さんがようやくこちらを見る。ゆったりと笑っていた。また手を引っ張られる。
「帰ろうか」
 はぐらかされた。違う、きっとこの人は最初から答える気がなかったのだ。結局あたたかくならなかった幸村さんの手を握ったまま、私は今度は桜の咲く春に来たいなと思った。



まぁた生傷増やして
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